石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の退隱
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
旨を以てせり。吉徳は先に利興といひしものにして、この時は尚吉治と稱したるなり。翌
日綱紀使を發してその退隱せることを金澤に告げしめ、二十一日普く藩臣の知る所となれ
り。昨日(八日)御奉書に依て、綱紀公御名代右...
第一章 領主及び領土
慶長以降
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て七萬石を領し、丹羽長重は小松に移りて八萬石を加へ、松任と共に十二萬石の主となれ
り。三年四月前田利家退隱して、加賀の石川・河北二郡、能登の口郡中一萬五千石、越中
射水郡氷見庄、合はせて二十六萬石を養老封とし...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
妙成寺の修築
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
すと傳へらる。既にして戰役の起るや、壽福院が當寺に命じて利常の武運を祈願せしめし
が、元和元年には日淳退隱して日條之に代れるも亦壽福院の甥なりき。之を以て利常大に
同寺の規模を擴張し、同四年五重塔を、九年三光...
第二章 加賀藩治創始期 第十節 社會種々相
觀音院の能
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
たる石浦等七ヶ村の農民、藩に訴へて觀音像を回復せしかば、明王院は新像を造りて之に
代へたりき。後祐慶の退隱するや今の觀音山に菟裘を營み、明王院の觀音像を將來して觀
音院といへり。既にして前田利常の夫人天徳院之...
第三章 加賀藩治恢弘期 第五節 浦野事件
浦野兵庫の相續と新開檢地
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是より先、孫右衞門は寛文元年退隱せんことを請ひしかば、連頼は大に喜びて直に之を許
し、子兵庫をして家を襲がしめ、孫右衞門に養老封二百石...
第三章 加賀藩治恢弘期 第六節 社會種々相
府庫の匱乏と儉約勵行
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
進献・諸家の贈遺等一切之を停廢せしかば、十數年を經たる後略收支の均衡を得るに至れ
り。されば綱紀の將に退隱せんとする頃に在りては、海内侯伯の財政皆窮乏を極め、將軍
吉宗の節制を以てしても、尚享保六年凶歉の後旗...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元の出仕
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
間坊主となり名を朝元と稱し、二人扶持金二兩を賜ふ。これ御坊主を職とするものゝ常俸
なり。同八年五月綱紀退隱して吉徳嗣ぐ。是に至りて朝元は祿を増して三人扶持切米十俵
となり、九年十一月束髮を命ぜらる。所謂束髮の...
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
治脩の施政方針
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て政績を擧げんとするの意あり。乃ち衷情を披攊して先づ老臣の翼賛を得んと欲したるな
り。而して前侯重教の退隱せし當初の理由は、老臣互に融和せずして財政整理の績を擧ぐ
る能はず、士民偸安に流れて風俗日に漓薄に流れ...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
齊泰の告諭
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
難レ有仕合奉レ存候。就而は御大切之御用儀、幾重にも盡力相勤度所存(齊泰)に候へ共
、追々老年且多病に付退隱罷在候儀に候へば、偏に各初め詰人(老臣)一同之盡力に寄る
所に候。殊更方今朝政御一新之折柄、國家之爲め...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
沖太郎等の意趣
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
るに、政均が自己の權威を擅にし、從來藩侯齊泰・慶寧父子の聰明を蔽ひたるのみならず
、又慶寧をして強ひて退隱せしめんと謀りたるが如しとするもの、これその一なり。政均
が藩内別に高岡藩を起し、自らその藩知事の地位...
第三章 學事宗教 第一節 學校
學校の所在
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
せり。葢し世子の新館と稻するものはその名義に止り、實は齊廣が異日の隱棲に宛てんと
欲したるなり。齊廣が退隱の意あることを初めてその老臣に告げたるは、早くも二月二十
八日に在りしを以て之を知るべきなり。既にして...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
前田綱紀
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
以て書を講じ文を論ぜしむ。故に巨儒踵を接して來ると。實にその言の如く、松永昌三は
綱紀治世の初に於いて退隱したるも、其の次子永三代りて祿せられ、平岩仙桂・澤田宗堅
・中泉恭砧・五十川剛伯・羽黒成實・小瀬助信・...
第三章 學事宗教 第七節 書道
櫻井正可 土師正庸
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
櫻井正可は通稱を爲兵衞といふ。父基安は初め越前侯松平忠直に仕へしが、慶長の末年流
浪して本國河内に退隱せり。正可正保二年前田綱紀の徴す所となり、祿二百五十石を食み
、天和二年七十歳を以て歿す。土師正庸は通...
第三章 學事宗教 第八節 科學
三角風藏
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
、天保元年圖中に諸士屋敷の記入を命ぜられ、同十四年九月より能登海岸の測量に從ひ、
安政五年七月に至りて退隱す。その死は明治元年四月にして享年八十五の時に在り。藩主
齊廣嘗て測量術の一部たる長間鎖用法を學ばんと...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
大乘寺と永平寺との衝突
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
しめんことを求めたりき。奉行は大乘寺に就きて調査したる結果、永平寺との衝突を避け
しめんと欲し、袷天を退隱せしめ、愚禪を再住たらしめしが、永平寺は更に入院交代の儀
の先例に違ふものあるを理由として許さず。藩乃...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
一顯
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
宗胡に大乘寺に謁す。後病を抱きて紀伊・河内に遊び、元祿十二年二月大乘寺に住し、正
徳元年河内の摩尼峰に退隱せり。元文元年十月八十五歳を以て寂す。
第三章 學事宗教 第十節 佛教
妙慶寺後住問題
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
如來寺に出訴せり。是より兩黨相軋轢せしが、翌年に及び國老の裁斷により、喬純を佳職
とし、兩塔頭の主僧を退隱せしめ、檀那中の一二に轉寺を命じたりき。因りて寶珠院は去
りて洛に赴き、養壽院は白山比咩神社に近き手取...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
日淳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
王寺を建て、日淳を迎へて開山たらしめ、十三年には妙成寺十四世に住し、その本堂・番
神堂を建て、元和元年退隱し、二年三月寂す。
第三章 學事宗教 第十節 佛教
日鳳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
禪を學びしが、次いで妙成寺第十二世日慈に投じ、後松崎談林に入り、慶長五年妙成寺第
十三世を襲ぎ、十三年退隱して山内に昌雲坊を創め、元和三年七月二十日寂す。日慈の松
崎談林に在るとき、その師の死を感知す。因りて...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
日俊
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
び經堂を建て、文句を中村談林に講ずること六年に及ぶ。延寶五年事に因り追放せらる。
寺傳には山内慶住院に退隱し、天和三年一月二日寂すとせり。