石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の退老
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
修築することを計畫せしめしに、平右衞門三月二十九日を以て設計書を作り、之を利長に
上る。六月十六日利長退老の期將に近きに在るを以て、重臣に命じて誓書を上らしめ、次
いで二十八日將軍の許諾を得て封を利常に讓り、...
第一章 領主及び領土
前田氏の兩支藩分立
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
寛永十六年六月前田利常幕府に請ひ、その領地八十萬石を長子光高に讓りて家を襲がしめ
、自ら小松城に退老して、新川郡及び能美郡の一部二十二萬二千七百六十石を養老領とし
、また之と同時に、次子利次に十萬石、三...
第二章 加賀藩治創始期 第九節 金澤城及び城下
領内及び金澤城の防禦
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を傾倒して經營せし所なるが故に、石壘塹濠尚舊状を遺し、富山も亦災後の遺址を存した
りしなり。十六年利常退老して再び小松城を興し、その子利次を富山に封じ、利治を大聖
寺に居らしむ。利次乃ち舊城を修めて之に治し、...
第二章 加賀藩治創始期 第十節 社會種々相
藩政創始期の世態
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
前田利家の入城より利長を經て利常の退老に至る間五十七年は、吾人の藩政創始期と名づ
けたるものなるが、當時の世態風俗の如何なりしかに關しては、...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
那谷寺の改造
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に詣でたる後に在りとすれども、現に存する塔婆の露盤に刻したる銘に、寛永十九壬午歳
とあれば、利常が小松退老以後直に創めたるものなるべく、文中に新君萬年といへるは、
去年家綱の生誕せるを祝したりしなり。されば那...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
利常薨後の綱紀
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
り先會津侯保科正之も、亦直に利常の薨後を受けて綱紀の後見たるべきを命ぜられしかば
、正之は寛文九年その退老するに至るまで、心を傾けて之を誘掖薫陶せり。
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
藩臣の叙爵
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に臨まんとするに先だち、叙爵の臣を四人たらしむべきを命じたりき。是より先、本多政
長及び前田孝貞は共に退老せしを以て、綱紀乃ち尚連の外に本多政敏を安房守、前田直堅
を近江守、横山任風を山城守たらしめんと欲し、...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
綱紀既に退老したりしを以て、先侯利常の例に倣ひ菟裘を小松に營まんと欲し、幕府に請
ひてその許可を得たり。是に於いて...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
前田齊廣の施政方針
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
。齊廣はこの目的を貫徹せんが爲に屢長文の訓示を發したりしが、時人これを稱して教諭
といへり。後に齊廣の退老して子齊泰の政を攝せし時、その樞機に參畫する者の居りし所
を教諭局と名づけたるも亦これに基づく。これ今...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
教諭局
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
齊廣の退老後に在りては城外竹澤殿に隱棲し、新たに側用人以下數十の職員を專屬せしめ
て政務を掌らしめしが、文政七年...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
所謂藩治停頓期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
享保八年藩侯吉徳の襲封に起り、宗辰・重凞・重靖・重教・治脩を經て、齊廣の文政五年
退老せしに至る一百年間は、吾人の所謂藩治停頓期にして、本節記する所の社會相は、主
としてこの期間に屬するも...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
重教と能樂
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、京都の金春流大夫竹田權兵衞及び囃子方も亦來りて、常に演奏の催ありたることを述べ
、螢の光にも、重教が退老の後安永六年より九年までの間には、自ら能樂を演じて胥吏農
民に至るまで之を觀覽せしめ、その演奏毎日に及...
第五章 加賀藩治終末期 第二節 黒羽織黨及び海防
水原保延
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
して算用場奉行に復するに及び、勢力實に隆々たるものあり。即ち翌年藩の爲に産物方を
新設し、慶應四年四月退老の時に及ぶ。藩侯慶寧その功を賞し、特に二百石を賜ひて養老
の資となさしめき。
第五章 加賀藩治終末期 第二節 黒羽織黨及び海防
近藤信行
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、文久三年再び頭並に復し、慶應二年十月その子岩五郎信成のことに因つて祿百石を増し
、明治三年九月に至り退老せり。後名を翁と改め、六年十一月十一日歿す。岩五郎信成は
蘭語を學ぶが爲長崎に留學し、薩藩の士石神良平...
第五章 加賀藩治終末期 第三節 錢屋五兵衞
五兵衞の退老と蹉跌
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
文政九年五兵衞齡五十四を以て老し、家を長子喜太郎に讓る。喜太郎時に十八歳にして、
商務は尚父の督する所...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
前田慶寧の譴責解除と襲封
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
が、この時大坂に在りたる家茂は令を慶寧に傳へて江戸城留守の重任に就かしめ、四月四
日先に齊泰の請ひたる退老を許し、慶寧をして封を襲がしむるの命を下せり。昨年筑前守
(慶寧)儀、於二京師一病氣とは乍レ申不都合之...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
本多政均の經歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
急に備へんと欲したりしを以て、政均等小松に進みしが偶耕雲齋等の降伏せるを以て師を
班せり。慶應二年齊泰退老し、世子慶寧封を嗣ぎ、尋いで十月入京せしとき政均之に從ひ
、三年朝廷の慶寧を徴し給ひし時には十一月政均...
第四章 美術工藝 第三節 描金
五十嵐道甫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
即ち道甫にして、幼名を忠三郎といひ、初め京都須磨町に住せしが、寛永中前田利常の聘
に應じて金澤に下り、退老の後また洛に歸りて歿せり。世に之を古道甫と稱す。