石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
慶寧長藩の爲に尚斡旋す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の、何ぞその素志に違ふの甚だしきや。是を以て幕府に命じ、悉くその兵を還し、福原越
後等數人をして伏見に謹愼して處分を待たしめんとす。卿亦この意を體し力を盡くして彼
等を諭ずべしと。同日又別に命を傳へて、長藩士...
第一章 制度法規 第三節 司法
遠慮 逼塞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
士人にして役儀を等閑にしたる如き科により、その邸宅に謹愼を命ぜらるゝものに、遠慮
あり、逼塞あり。寛文の頃の法令によれば、遠慮は知行・扶持共に之を給し、逼塞は...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の歸國と救濟
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
も、孝貞が藩の重臣にしてその齡亦甚だ高かりしを以て、責任を財務當局の吏に負はしめ
たるなるべく、二人の謹愼中綱紀が窃かに彼等の食祿に相當する金銀を與へしめたるもの
、以てその意のありし所を知るべしといふ。尋い...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田直躬の意見
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
り。直躬乃ち他の老臣と議し、詳かに案を具して之を上り、眞如院及び淺尾を死に處し、
利和・八十五郎を終身謹愼せしめ、總姫は病と稱して富山侯より離婚せしめ、楊姫は將來
婚嫁せしむべからずとの意見を述べたりき。八月...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰の上洛
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
西上してその所見を侯に上りしに、藩吏彼等が法規を無規して擅に旅行せりとの故を以て
、亦之を藩に送還して謹愼せしめたりき。この際齊泰の上洛せるは、將軍の命によりてそ
の朝覲に會せんとするにありたりしが、恰も英人...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
長藩の出京と加賀藩との交渉
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
兵を率ゐてこゝに來るは、これ朝廷に強要するのみならず又幕府に反抗するものたるを以
て、速かに大坂に退き謹愼以て命を待つべしと。越後曰く、敢へて命の辱きを謝す。伏し
て願はくは外臣等哀訴する所偏に尊藩の盡力を煩...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰の苦心
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
強ひてこれを還らしむるも、加賀藩の面目を維持するに於いて何等の利益なきを以て、潛
心熟慮の結果、慶寧に謹愼を命じて國に就くを許し、從臣の主なるものを自刄せしめて責
任を負はしめ、然る後自ら江戸に赴きて陳謝すべ...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
前田直信齊泰の命を傳ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ずるの虞ありき。是を以て慶寧は、八月三日先づ諭旨を下して衆心を鎭撫せんとしたりし
が、直信の海津に來り謹愼の命を傳へたる後に於いて、亦第二の諭告を發せしめたりき。
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
慶寧の海津出發
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是に於いて慶寧は、八月十一日前田直信以下を從へて海津を發し、旅次謹愼の意を表して
金澤に向かひしに、松平大貳は慶寧を送りたる後、獨その旅宿としたる正行院に還りて自
刄し、以...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
同志の捕縳と慶寧の幽居
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
京都に遣はし、駒井躋庵を捕へ來らしめて獄に下し、江戸に在りし瀬尾餘一が變を聞きて
歸國したるをその家に謹愼せしめ、眞に一網打盡の觀を呈したりき。
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
松平大貳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
行院に屠腹す。大貳時に年四十二。十三日荼毗に附し、遺骨を野田山なる先塋の次に葬る
。慶應元年四月慶寧の謹愼を解かるゝや、賻を遺族に與へて追悼の意を表し、翌年四月慶
寧の封を襲ぎし時又親翰を贈りてその忠節を賞し...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
不破富太郎
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ひ、裝束の間に出で白無垢無紋の淺黄上下等裝束相濟候上、富太郎より、先達て筑前守(
慶寧)樣海津に於て御謹愼蒙り遊ばされ候處、今以御愼被レ爲レ在候哉。又御病氣の御樣
子も如何在らせられ候哉。且つ自分同刑に仰付ら...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
岡野判兵衞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
一。慶應三年二月藩その閉門を宥し、原祿百石を減ぜしが、尚その家に屏居せしめき。明
治元年三月判兵衞更に謹愼を解かれ、同十年十一月一日を以て歿せり。
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
岡野外龜四郎
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
付、於二公事場一縮所入被二仰付一。慶應三年二月出獄して尚その家に屏居せしめられし
が、明治元年三月再び謹愼を解かる。四年慶藩置縣に及び、外龜四郎は名を四郎と改め、
金澤縣大屬に任じ、更に石川縣大屬となり、又司...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
福岡文平
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
仰付一。慶應三年二月藩文平の閉門を解き、原祿三分の一を減じ、尚その家に屏居せしめ
しが、翌明治元年三月謹愼を免ぜらる。此の年文平北越の役に從ひ、二年十月金澤藩權大
屬となり、名を朝倉集義といひ、尋いで大屬に進...
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
長州征討參加命令の取消
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
前命令が事の齟齬に出でたるものなりとの理由を以て、加賀藩の殿軍たるべき任務を解除
したりき。葢し慶寧の謹愼を命ぜられし後、齊泰は未だ江戸に至りて謝罪の誠意を致さゞ
りしが故に、今に於いて公役を課するは幕府の威...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
前田慶寧の譴責解除と襲封
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の書四月十日京師に達せしが、即日朝議してこれを允されたるを以て、將軍家茂は二十六
日齊泰に命じて慶寧の謹愼を解かしめき。されば安藝侯の盡瘁は、慶寧の赦免せられたる
原因の全部にあらざりしとするも、亦與りて大に...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
進軍中止
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
恭順を嘉賞し給ふを聞故に、幕吏の奸を惡むと雖も政權御委託の儀に付斷然拒絶に忍びず
。然るに慶喜下坂の上謹愼之躰無レ之、却而帝都に向ひ發炮仕候に至而者、從前之恭順は
全く朝廷を奉レ欺候實蹟にして、弊藩に於ても多...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
加賀藩東北征討の先鋒たるを請ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
前將軍徳川慶喜は江戸に遁れたる後、正月十九日加賀藩の重臣を招きて、專ら朝廷に對し
て恭順謹愼を表すべきを告げ、且つその罪を謝するが爲に斡旋せんことを請へり。次いで
二十七日齊泰入朝のこと既に決し...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
加賀藩王師の先鋒たらんと請ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
京師御警衞之人數相殘引取申候。然處病中とは乍レ申不都合之次第に運候趣を以、中納言
(齊泰)申譯之ため先謹愼申付、家來共不行屆之族夫々嚴重處置申付、朝幕え中納言より
厚御詫申上、追て御宥免被二成下一候。將又舊臘...