石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
一柳直興の禁錮
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ず。その他常に臣屬と領民とを苦しめ、内寵多く淫行盛なりとの風聞ありしを以てなり。
綱紀幕府の命を得て、藩臣淺井政右等を評定所に派し、直興を幕吏より受けしめき。直興
時に四十一歳、擧止度を失はず、大に藩臣をして...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
日經
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
を追窮すること甚だ嚴にして、累を藩國に及ぼさんことを慮り、諭して之を去らしむ。日
經因りて越中に入り、藩臣村隼人の歸依を受けて富山に正顯寺を興し、後城外數里の山村
に隱れ、世臘七十を以て寂せり。今その所を鼻缺...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
以て一たびその保護者を失ふや、政敵忽ち擡頭して之を倒さずんば已まず。朝元が失脚の
理由實にこゝに存し、藩臣の要職に在る者、政權與奪の爲に反目爭鬪すること、亦この頃
より頗る露骨となる。吉徳卒去の後、宗辰・重熈...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
光重の僞書説の虚妄
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に強要せられて僞書を利長に送り、以てその計畫を誤らしめたるの事實ありしならんには
、焉んぞその子孫長く藩臣として榮職を保つを得んやといへり。思ふにこの文、『西國勢
石田治部少輔が人數を引率し』といへる筆路極め...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
利長基督教に好意を有す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
居せしめ、且つ誠心誠意を以て基督教に歸依せんとする者に決して干渉を加ふることなか
りしかば、巨祿を食む藩臣にして改宗する者多く、傳道の目的を以て故らに此の地方に移
住したる信者と共に、皆南坊を柱石として信頼せ...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊等の金澤出發
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
も尚その妻子は、彼等の夫たり父たるものに別るゝを欲せず、共に大坂に下りて海路長崎
に向かへり。又加賀の藩臣今枝直方の筆記に從へば、南坊の京都に移送せられし時、藩は
篠原一孝をして之を監せしめしが、南坊の帶刀を...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
幕府の禁令益嚴を加ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
衞門等を出したるを以て、その穿鑿最も嚴密なりしが、不亂といふものは幕府の通牒によ
りて江戸に送られ、又藩臣中川長勝の家に使役する掃除坊主道喜は、南坊の家に仕へたる
牧村市左衞門の子なりしを以てこれを拘置し、園...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
奧村榮頼の致仕
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是より先、元和元年冬藩臣奧村榮頼の仕を致して去りしことあり。榮頼は永福の子にして
、初め三郎兵衞といひ、後攝津と改む。人と爲り...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
幕府加賀藩の行動を疑ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
曰く、然らば我が江戸に往きたる後、登營分疏の大事を爲すもの果して何人をか適任なり
とするか。長知曰く、藩臣多しといへども我が長子康玄より優れるものあらずと。是に於
いて議遂に決し、利常は世子光高と共に十一月二...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
横山康玄の辯解
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
んや。故に臣謂へらく、加賀侯にして他郷浮浪の徒を招致せりとならば、閣老宜しく當に
之を鞫問すべし。世襲藩臣の子弟の如きは、毫も論ずるを要せざるにあらずやと。利勝又
問ふ。然らば大阪從軍の士を再び賞したるは何の...
第二章 加賀藩治創始期 第九節 金澤城及び城下
利家の修築
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
も、既に竣成せるを以て亦如何ともすること能はざりき。是より後城内二ノ丸・三ノ丸・
西ノ丸・北ノ丸等、皆藩臣中巨祿の者の邸地に當てられ、甍棟相接して頗る壯觀を呈する
に至れり。
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
菟裘を小松に營む
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
八町、琵琶島の周圍六町十三間にして、總周回二十四町なりしといへば、略規模の如何を
知るべく、その設計は藩臣瀧長兵衞の案に成り、之を長重在城の時に比すれば大に擴張す
る所ありたりといふ。追付(寛永十六年)江戸御...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
光高東照宮を祀る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
府の大工木原木工允の監督に成り、金澤の大工清水助九郎等實務に當る。八月二十日東叡
山常照院・松壽院及び藩臣村井兵部長朝等神靈に供御して江戸を發し、金澤に着して九月
十七口遷宮の式を擧ぐ。後又城外に別當屋敷を營...
第三章 加賀藩治恢弘期 第三節 白山爭議
白山山麓公領となる
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
隣藩との利平を害するを憂へ、幕府の勘定奉行岡田豐前守善政と共にその間に奔走周旋し
、遂に寛文六年十二月藩臣横山外記氏從を豐前守の許に遣はして、加賀藩領尾添・荒谷二
村百七十一石九斗八升の地を幕府の直轄たらしむ...
第三章 加賀藩治恢弘期 第三節 白山爭議
幕吏地理を知らず
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
井領は固より牛首以下十六ヶ村なるを以て、こゝに二村にのみ限りたるは大に加賀藩の怪
しむ所となり、次いで藩臣横山外記が豐前守を訪問したる際直に之を話題に上せたりしに
、豐前守は越前郷村帳に牛首何ヶ村・風嵐何ヶ村...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
藩臣の叙爵
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
元祿四年十二月二十六日綱吉又綱紀に許すに、その老臣二人を叙爵せしむべきを以てせり
。叙爵とは國守の稱を...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
將軍綱吉の臨邸
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
八日長子又左衞門利興[後吉徳]を伴ひて登營し、世子の禮を以て謁見せしめたりき。次
いで將軍は、四月朔日藩臣本多政敏を安房守に、同月二十五日前田直堅を近江守に、横山
任風を山城守に任じて之を優遇せり。既にして期...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
直姫と二條吉忠の結婚
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
同月七日綱平を本郷邸に迎へ、盛宴を張りてこれを饗せり。既にして直姫入輿の期近から
んとするに及び、綱紀藩臣を京師に遣はし、二條家の爲に悉くその殿閣を新造せり。直姫
正徳二年七月上洛し、同月廿六日内大臣吉忠に嫁...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の退隱
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
して、この時は尚吉治と稱したるなり。翌日綱紀使を發してその退隱せることを金澤に告
げしめ、二十一日普く藩臣の知る所となれり。昨日(八日)御奉書に依て、綱紀公御名代
右衞門(九日)督吉泰朝臣、吉治公御登城之處(...
第三章 加賀藩治恢弘期 第六節 社會種々相
佐々主殿の貧窮
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
綱紀の時に至り風俗奢侈に赴き、生活の程度自ら向上したると共に、物價隨つて騰貴した
るを以て、藩臣等多くは窮乏に陷り、武士としての品位を維持し能はざるものすらあり。
佐々主殿の如きはその尤なるものなり...