石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
小川幸三の建白
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に歸り、二十五日郡奉行内藤十兵衞に就きて封事を上り、加賀藩が今日の状態を持續する
時は、政界の勢力遂に薩長の掌握する所となるべきを以て、藩侯の急に準備を整へて上洛
せざるべからざる理由を建言せり。乍レ恐奉二言...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
豐島毅の建白
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
より重んじては兒女子の見識にて、此儀明白ならざれば、毫釐之違ひ千里の謬りと相成可
レ申与奉レ存候。方今薩長を始として西國諸侯勤王を唱へ、政權を朝廷へ歸し、天子を挾
んで諸侯へ號令す。最も薩長等之心測りがたく候...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
荷頃村及び半藏金の敵
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
七月朔日薩長の兵來りて小川隊に森立峠に會し、各向かふ所を定め、小川隊は森林中に散
開して敵の正面に當り、炮門をその...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
上下の標的明白となる
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
今や大道に復することを得、上下の標的明々白々たるに至りしなり。次いで豐島安三郎毅
は建議して、加賀藩が薩長と同心協力し、以て王政復古の大業を翼賛せざるべからずとな
し、佐幕佐會の説の如きは斷然顧慮する所なかる...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
官軍高田に入る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
四月十五日泊に駐屯せる諸隊を進發せしめ、十九日高田に入りたりしが、同日官軍の參謀
黒田清隆・山縣有朋は薩長・長府の兵を率ゐて此の地に來り、次いで尾張以下の東海道軍
もまた相會せしを以て、共に越後の敵を勦滅せん...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
小川隊の目附守備
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
第二半隊を率ゐ、成願寺村に入り簔輪隊に代り、而して簔輪隊は森立峠を經て栃尾驛に轉
じたりき。同日また、薩長兩藩の杉澤村に進軍せんとするを以て、小川隊は松代の一小隊
・高田の一炮門と共に目附に在りて戰状の推移に...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
本多政均の上洛
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
この時に當りて京師の政情甚だ危急を告げ、遂に薩長二藩協同して徳川氏を排斥したるを
以て、將軍慶喜は十月十四日上表して軍職を辭し、政權を朝廷に奉還せんと...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
慶寧の入朝と王政復古
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
る加賀藩をその議に與らざらしめたるは、年壯氣鋭の慶寧が不平に堪へずとせし所なるべ
く、遂に慶喜に諭して薩長の術中に陷りて朝敵の汚名を蒙るの危機を脱せしめ、己も亦國
に就きて徐に善後の策を講ぜんとせしなり。或は...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
慶寧の歸國
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
らんと欲するを以て、慶寧の大坂に來會するを求むるの意あることを告げたりき。蓋しこ
の際加賀藩の向背は、薩長と徳川氏との勢力消長に至大の關係ありしを以て、互に援きて
その與黨たらしめんと苦心したりしなり。
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
藩論多く佐幕に歸す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ず。偶名分の重んずべきを知るものあるも、尚元治の失策を顧みて態度を明らかにするを
欲せざりしが、多くは薩長の私福を擅にし私威を張らんとする跡あるを憎み、徳川氏を援
くるを以て最も時宜に適するの處置なりとせり。...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
進軍中止
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
には到着したるべければなり。然るに十日に及びて尚且つ進軍を敢行せしめたる所以は、
一は徳川軍の敵を以て薩長諸藩なりと誤信したると、一は慶寧が先に慶喜に對して默契せ
し信義を重んぜしによるものゝ如し、然るに十二...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
齊泰の在京任務終る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
爾後二・七を以て練兵の定日とせり。既にして十五日、朝廷は奧越の諸侯が王師に抗する
を以て、加賀藩に命じ薩長二藩と共に北陸道を鎭撫せしめたりしに、二十二日齊泰は在京
の兵力を減じて征討軍に從はしめんと請ひ、即日...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
北陸道鎭撫總督任命
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
高松等約一萬の兵を率ゐ、大坂を發して鳥羽・伏見二道より京師を侵さんとせり。是に於
いて禁裏を守衞したる薩長藝上等の各藩士は進みて之を邀撃せしに、翌四日に至りて徳川
氏の軍大に敗れしかば、慶喜は頽勢の遂に挽回す...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
東北諸侯の討伐
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
(慶寧)中將右松平肥後(容保)益暴激に募り、官軍に抗し候段相聞え、言語道斷之次第
に候。仍レ之今般重而薩長之人數北陸道へ被二指向一候間、三藩申合北國筋鎭護いたし候
樣被二仰付一候旨御沙汰候事。四月十五日(明治...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
高田藩の向背
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
初め會津・新發田の二藩は薩長の爲す所を不滿となし、慶應三年九月十五日同志諸侯の重
臣を新潟に招きて會議せしに、高田藩も亦之に參與し...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
曾地の戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
五月五日參謀は命じて、薩長二藩に海岸より椎谷に向かひ、加賀藩に中田口を經て妙法寺
に向かはしめき。是に於いて諸隊皆行進を起し、小...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
長岡城の秩序回復
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に在りし齋藤隊は參謀の命により柏崎に轉じたるを以て、小川隊の一分隊を大島に派遣せ
り。この日長岡城は、薩長・高田及び加賀藩の兵力によりて全くその秩序を回復し、市民
の戰禍を避けたるもの漸く歸り來りて、灰燼を除...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
齋藤隊等の出雲崎久田村の戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
日拂曉を以て總攻撃を爲さしめしかば、齋藤隊は山田村に向かひ、近藤・金子兩隊と附屬
炮門とは本道を進み、薩長の一小隊及び松代藩の若干は間道に入れり。然るに山田村・島
崎村の敵既に退却し、島崎を去ること十餘町なる...