石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
信濃川砂洲の苦戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
五月十七日曉天降雨盆を覆し、河水爲に暴溢して堡壘を湛はしめしかば、士卒の戎衣悉く
濡れ苦戰その極に達したりしが、敵の發炮も頗る緩漫にして殆ど前日の半にだに及ばざり
き。その後河水益漲り、夜に入...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
小川隊の森立峠の戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
且つ疲憊せる者多かりしを以て大に防禦に苦しめり。時に監察神田辰之助病みて成願寺病
院に在りしが、藩兵の苦戰するを聞き轎に乘りて戰線に進み、同病院に在りし養生兵も亦
杖に倚りて來り加り、士卒殆ど午食の暇を得ずし...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
奧村永福等の受賞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
のものを摹寫せしめ、以て常用の馬標とせり。本編掲ぐる所の寫眞は則ち後者なり。今度
遂二末森籠城一、令二苦戰一特定、無二比類一忠節令二大慶一候。雖レ爲二少分一爲二加
増一、以二押水之内千石一令二扶助一畢。並與力...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
淺井畷の戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
・長中務連朗・鹿島路六左衞門・八田三助吉信・鈴木權兵衞重國・柳彌平次・岩田新助吉
忠・六島少三郎忠雄は苦戰してこゝに死せり。所謂淺井畷の戰即ち是なり。連龍は敗兵を
收めて川代橋に赴きしに、太田長知の來援するに...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
越前萬歳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
家に就きて米錢衣服等を得、二十日に至りて去るを例とせり。越前萬歳の由來に關しては
、巷説に、前田利家が苦戰に陷りし際、野大坪の農小屋に潛匿したりしが、その意を受け
たる百姓の子弟が小屋の前にて萬歳の歌謠を奏し...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
小川隊の目附守備
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
かひしに、途にして薩藩の軍使に會すること再三次、皆松代藩の來援を促さんとするなり
き。小川隊則ち薩長の苦戰するを知り、電馳して堀溝口に至りしに、參謀大野五左衞門は
負傷して民屋に在りしが、告げて曰く、目下の形...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
敵兵の長岡潛入と津田隊の背進
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
得、遂にその一部を長藩及び松代藩に分與せり。時に簑輪隊の一分隊・各藩の兵五十餘人
對岸に在りて津田隊の苦戰するを見しも、敵の防害する所となりて渡る能はざりしかば、
遙かに敵の側面に射撃を加へしに敵勢漸く衰微し...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
奧羽平定
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
てしを以て、官軍は一隊を仙臺に派して牽制せしめ、主力を以て若松城に迫るに至れり。
是を以て會津軍は奮鬪苦戰せしも獨力能く支ふること能はず、九月二十二日降旗を大手門
に樹てしに、官軍は藩侯松平容保を城北瀧澤村の...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
藩臣の論功
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て功を奏すること多かりしを以て、藩侯は特に之に與ふるに感状を以てしたりき。先般越
後出陣、度々被レ遂二苦戰一得二勝利一、國威相立滿足之至に存候。聊爲二賞功一、指料
刀一腰・鞍置馬一疋・金子三千兩遣レ之候。仍而...