石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
本郷邸の興造
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
綱紀の本郷邸に臨まんとするの意あることを告げしめき。是に於いて綱紀は、將軍を迎ふ
るが爲に新たに殿閣を興造せしめんと欲し、翌十五年正月六日普請奉行以下の職員を命じ
、又幕府の工長等に囑託して補助する所あらしめ...
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
學校創設と新井白蛾
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
治脩が風教作振の第二手段として擇びたるは學校の興造にして、事は寛政三年七月老儒新
井白蛾を招聘したるに起れり。白蛾は名を祐登、字を謙吉と稱す。その父祐勝...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
土民の刀劔沒收
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
十四年秀吉京師に方廣寺の興造を命じ、後數年にして成る。十六年利家が領内土民の刀劍
を沒收したるは、その鐵材を供給すると共に、彼等の...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
利家夫人の晩年
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
受くる所ありしが、こゝに至りて益佛門に歸依すること篤く、十二年宗園に謀りて新たに
伽藍を大徳寺の塔頭に興造せしめ、宗園乃ち法弟王室宗珀を薦めてこれが開山たらしめき
。是を以て十四年宗珀は、大檀那たる夫人のため...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利常夫人の入輿
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
既にして珠姫の入輿すべき期は迫れり。是を以翌六年金澤に在りては、城内本丸に新殿を
興造せしが、尋いで珠姫江戸を發して下國の途に就き、徳川氏の老臣大久保忠隣・青山忠
成二人は之を送り、之に對...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
利常、光高の爲す所を喜ばず
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
一の鉅侯なり。故に卿の爲さんと欲する所は、縱ひ父たりとも余の之に異議を挾み得べき
にあらず。况や靈廟の興造は、將軍家の祖先に關する事たるのみならず、卿の室は現將軍
の養女たるに於いてをや。唯余は後世に至るも海...
第三章 加賀藩治恢弘期 第三節 白山爭議
尾添の邑民嶺上神祠を修營せんとす
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
明暦元年白山嶺上の祠殿大に壞れしが、尾添の邑民等出でゝ興造の材を伐採せり。是に於
いて福井領牛首・風嵐の村民、郷長加藤藤兵衞を首魁として之を妨げ、白山は越前の山...
第三章 加賀藩治恢弘期 第三節 白山爭議
福井藩の抗議
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
波々伯部成長を使者たらしめて小松に遣はし、覺書を手交せしめて、加賀藩が祠殿所在の
領主に謀らずして擅に興造に從事せんとしたる理由を詰り、且つ光通の未だ事に熟せずし
て自らその可否を斷ずる能はざるが故に、先づ事...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の大願十事
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
めて、天徳寺と改稱せんとする計畫にはあらざりしかと思はる。第九先聖殿並びに學校造
營の事は、當時幕府の興造しつゝありし湯島の聖堂に倣はんとしたるものとし、第十金澤
別舘造營といへるは、蓮池第の擴築を欲せしなら...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
兼六園
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
地を命ぜられたるを以て十年十一月退去し、爾後空閑に屬すること九十六年にして、寛政
四年初めて文武學校を興造せり。然れども當時の地形は、學校の北邊に一路ありて、廣坂
より修理谷坂に通じ、この路を隔てゝ蓮池(レン...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
慶寧幕命を拒む
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
が、八月六日我が邸地として附與せられんことを幕府に求めしに、幕府は之を許したるを
以て直に藩邸をこゝに興造せり。
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
新井祐登
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
海内に滿つ。祐登の前田治脩の聘に應じて來れるは、寛政三年七月にして、齡實に七十八
。命ぜられて明倫堂の興造を計畫し、翌八月初めて論語を金城に講ずるや、治脩臨みて之
を聽き、國卿大夫及び諸臣皆之に侍せり。是に於...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
一向宗 西本願寺末寺
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
地にも伽藍を有せざりしなるべし。然るに前田利家のこゝに封ぜらるゝに及び、寺地を御
城後町に與へて坊舍を興造せしめしが、尋いで石川郡安江郷に一萬歩の地を寄進して之に
移らしめき。後に西本願寺別院となれるもの即ち...