石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰致仕の議
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是より先、齊泰は致仕せんとするの意ありしが、こゝに至りて内旨を老臣に傳へその得失
を議せしめしに、老臣等は之によりて慶寧の...
第二章 加賀藩治創始期 第八節 社稷の危殆
奧村榮頼の致仕
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の受くる所は七千石に過ぎずして、現に有する配下を扶持するに足らず。願はくは加俸を
給へ、否らずんば請ふ致仕して去らんと。利常之を聞きて大に怒り、親ら筆を執りて批し
て曰く、唯汝の欲するが如くせよと。是に於いて...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
利常の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
へ、奏請して從四位下に叙し、侍從に任じ、筑前守を兼ねしめ、又松平氏を冐さしむ。是
の年六月二十八日利長致仕せしを以て統を襲ぎ、十九年九月二十三日左近衞權少將に任じ
、元和元年閏六月十九日參議に進み、寛永三年八...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の官歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、正四位下左近衞權少將兼加賀守に任ぜられ、偏諱を賜ひて綱利と稱す。萬治元年祖父利
常薨じたるを以てその致仕領を併せ、閏十二月二十七日左近衞權中將に陞せらる。貞享元
年正月元日綱利諱を綱紀と改め、元祿六年十二月...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齊廣の致仕
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
せよ頗る緊張したる政治を行ひたりしが、文政五年齡既に不惑を超えたりしを以て、文政
五年十一月十五日自ら致仕して封を嗣子齊泰に傳へんことを幕府に請へり。將軍吉宗乃ち
二十一日これを許し、且つ特に命を齊廣に下し、...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
治脩の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
移りて金谷御殿に入り、名を時次郎に復し、同月六日諱を利有と稱し、八年二月江戸に至
り、四月二十三日重教致仕したるを以て家を襲ぎ、六月二十五日柳營に於いて首服を加へ
、正四位下左近衞權少將兼加賀守に任じ、將軍家...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齊廣の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
加へ、正四位下左近衞權少將兼筑前守に任じ、將軍家齊の偏諱を賜ひて齊廣と改む。後享
和二年三月九日治脩の致仕するに及びて家を襲ぎ、同月十一日加賀守と改め、六月十三日
左近衞權中將に進む。文化元年正月二十一日治脩...
第五章 加賀藩治終末期 第九節 版籍奉還
前田齊泰の略傳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
柳營に加へ、正四位下左近衞權少將兼若狹守と改め、偏諱を賜はりて名を齊泰と改む。同
年十一月二十一日齊廣致仕せしを以て家を襲ぎ、二十二日加賀守と改め、十二月十六日左
近衞權中將に進み、七年三月十三日暇を賜ひしを...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
前田氏越中一國を領す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、文祿四年秋に至りて之を増賜せらる。次いで慶長二年十月、利長は守山城より富山城に
移り、三年四月利家の致仕するに及びて、射水郡氷見庄は加賀石川・河北郡及び能登口郡
の一部と共に利家の養老領となり、礪波・婦負・...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
内藤徳庵
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
へて丹波に封ぜられ、祿二十萬石を食めり。徳庵年十六にして軍に從ひ功あり。父の歿後
封を襲ぎしが、次いで致仕して野處すること數年、又小西行長に仕へ、文祿の役之に隨ひ
て朝鮮に赴き、行長の明國と媾和を議するに及び...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
豐臣民の援を求めたる時期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に侯の援兵を假り得んと請ひしに、利長は、我れ今不幸にして病を懷き、軍旅の間に馳驅
する能はず。况や既に致仕して手兵幾くも存することなく、當主利常も亦將軍の女壻たる
が故に、その心事必ずしも測る可からずと應へた...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
利常の讓國と三藩鼎立
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
きて富山城に居り、三子利治に七萬石を頒ちて大聖寺に舘せしめ、三藩鼎立して緩急相援
くるの計を爲し、自ら致仕領廿萬石を領せり。是を以て光高の領する所は八十萬石餘を殘
し、而して政務の重大なるものは必ず先づ老侯に...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
光高の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ぜられ、筑前守を兼ぬ。將軍の偏諱を賜はりて光高と改めしも、亦この時に在り。十六年
六月二十日光高父利常致仕の後を享けしが、治世僅かに七年にして、正保二年四月五日三
十一歳を以て江戸に卒す。その遺骸は之を金澤の...
第三章 加賀藩治恢弘期 第五節 浦野事件
浦野兵庫の相續と新開檢地
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て猫を噛むの状を學び、兵庫と掃部とは六年三月二十四日連頼の子元連及び其の妹壻横山
右近守知に書を上りて致仕を請ひ、翌二十五日以後その家に籠居しながら、窃かに一門親
類二十三人を會して存亡生死を一にせんことを誓...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田吉徳の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を加へ、正四位下左近衞權少將兼若狹守に叙任し、偏諱を賜はりて吉治と改む。次いで享
保八年五月九日父綱紀致仕せるを以て封を襲ぎ、六月十五日加賀守と改む。同八月十八日
左近衞權中將に進み、同九月初めて暇を賜ひしも...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田重教の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
む。五年十二月十八日左近衞權中將に進み、明和二年十二月十五日更に諱を重教と改め、
八年四月廿三日請ひて致仕を許され、封を弟治脩に讓り、同月二十七日肥前守と改め、天
明五年九月より治脩の請によりて復藩政を監せし...
第四章 加賀藩治停頓期 第二節 財政逼迫
重教の監國
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ども、治脩より長ずること僅かに四歳なりしかば、流石に欝勃たる客氣抑へんとして抑ふ
る能はざるものあり。致仕の後屢鷹を能美郡に放ち、その休憩所とする寺井村の十村伊右
衞門の家を自ら指揮して改造せしめ、伊右衞門の...
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
治脩の施政方針
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
めて政に懈る勿れといへり。既にして治脩封に就くに及び、老臣を會して告げていふ。前
侯重教尚春秋に富みて致仕し、余の固辭する能はずして統を襲ぐに至りしは、その間實に
已むを得ざる事情ありしによること、固より汝等...
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
孝子池田市右衞門
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
り。市右衞門幼より學に志し、長ずるに及びて躬を率ゆる極めて謹嚴、義父に事へて至孝
の名ありき。平右衞門致仕の後薙髮して了山と號し、邑の妙圓寺に入りて隱棲せり。是に
於いて市右衞門は、公事の餘暇飮食を調へて歡を...
第五章 加賀藩治終末期 第一節 奧村榮實の献替
藏人一派の年寄攻撃
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
献言せし際、彼等が皆藏人の説を奉ずるものなるを以て、九年六月内藏助を屏居せしめ、
庄兵衞等三人に命じて致仕を講はしめ、又之と前後して組頭笠間九兵衞定懋・杉野善三郎
盟、宗門奉行太田小又助盛一、算用場奉行神田吉...