石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の爲人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
死せんとして果さゞりしかば、洛中の貴賤彼を怯懦なりとして嘲罵せしに、利長、我が家
臣たらんものは敢へて自刄するを要せず、我は唯彼が槍を揮ふの妙なるを採るのみとて、
一萬石を以て祿したりしに、後藏人の大聖寺役に...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
品川雅直
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雅直の死する最も他に後れしを以て、世人の彼を議して怯懦と爲さんことを恐れ、門を開
き幕を塞げ、衆をして自刄の状を見るを得しめたりといふ。或は曰く、雅直初め利常の遺
命に遵ひ、今侯綱紀の左右に侍せんと思ひしが、...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
堀丈之助の自刄
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
その事情を檢して彼が眞に參謀の下僚なるを知りしかば、丈之助は己の輕擧を悔い、田尻
村の山麓森林に至りて自刄せり。久五郎も、自ら刑に處せられんことを請ひしが、事固よ
り過失に出で、且つ省之進の創痍輕微なりしを以...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
秀吉の關東征伐と利家利長の從軍
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
烈に感じ、降人の家範に親しかりしものを求め、之を介して招致せんと謀りしが、使者の
至りし時は既に家範の自刄したる後に在りき。この役攻圍軍の斬馘する所一千餘級。利家
等その首級と俘虜三百餘人とを小田原の陣に送り...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
利長の戰捷
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
餘の羸卒健鬪すること能はず、本丸も亦遂に陷落し、山崎長徳の家臣木崎長左衞門が修弘
を馘するや、宗永も亦自刄し、將卒之に殉ずるもの三百餘人に及べり。利長乃ち四井主馬
に命じて火を縱たしめ、次いで城中に入りて敵の...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
山口宗永等の墓所と子孫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て、前者を松元庵珍山宗永大居士、後者を吸江院玄庵宗龐大居士といへり。宗永の弟勘右
衞門宗春は宗永と共に自刄せしが、遺子七郎右衞門宗張長じて結城秀康の子松平直政に仕
へ、長く松江藩士としてその統を傳へたりき。北...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
前田勢眞田丸に迫る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ヤウ)組等の士にして、軍律を破りて先鋒中に混じたるものあり。利常之を檢して阿井八
兵衞・山田大炊二人に自刄を命ず。而して伯母瀬山は我が軍の占領する所となりしを以て
、先陣をこゝに進め、利常の本營は之を木野村に...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
大阪城の陷落
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
翌八日、秀頼等自刄して城遂に陷れり。時に伊達政宗の陣中銃炮を集め、一齊に之を放ち
しかば、東軍の諸營皆驚き、以て叛者の起...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
稻葉左近の所罰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
近は自ら罪なきを主張し、敢へて召に應ずるを肯んぜざりしを以て、利常は大に怒り、遂
に人を遣はして左近に自刄を命じたりき。左近乃ち使者に對へて曰く、臣固より純潔にし
て罪なし。故を以て侯の嚴命といへども之に服す...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
竹田忠種
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に逢へり。乃ち急駛して十月十九日四ツ時小松に着し、城に登りて侯の遺骸を拜し、直に
日蓮宗本成寺に赴きて自刄す。その偈に『靈恩難レ謝斷二生命一。鮮血淋漓濯二梵天一。
四十三年閻浮夢。無明醒盡一時圓。』又歌に『君...
第三章 加賀藩治恢弘期 第六節 社會種々相
衆道
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
る衆道によりて忠右衞門と相撃ち、その結果忠右衞門は即死し、武兵衞も亦家に歸りたる
後に命を損し、甚助は自刄したりき。この事件の内容は明らかならざるも、幾くもなく山
田又太郎の子息六郎兵衞は、先の鬪爭が己に原因...
第三章 加賀藩治恢弘期 第六節 社會種々相
九十郎の父三丞
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慰撫せられて畏怖の色を示さゞるも、火を執りてこれに對ずる時は忽ち涕泣するを常とす
。吾が兒尚年少、その自刄の状果して如何なりしかを聞きたる後にあらずんば、決して心
を安んずること能はざるなりと。鳩巣之を評して...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
淺尾の最期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ものあり。侍女の下婢之を聞きて主に告げしかば、侍女は寃罪によりて蛇責に處せらるゝ
に堪へずとなし、遂に自刄して死せるなりといへり。天徳院樣御局、常々御前(天徳院)
樣へ對し不忠の儀共有レ之。殊更御不例の内猶不...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
栗田源右衞門
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
査し、遂に十八日を以て逮捕するに決したりき。源右衞門乃ち情を知り、同日拂曉その妾
と三子とを刺し己も亦自刄せり。是に於いて藩吏その家僕を捕へて訊問したる結果、源右
衞門の家に相對して住する繩屋太郎左衞門が彼の...
第五章 加賀藩治終末期 第二節 黒羽織黨及び海防
近藤信行
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
五郎信成は蘭語を學ぶが爲長崎に留學し、薩藩の士石神良平の加賀藩の名を辱しめたるを
怒り、之を斬殺して後自刄したるものなり。
第五章 加賀藩治終末期 第二節 黒羽織黨及び海防
外寇の警報初めて至る
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たらしめき。然るに量之助は祿千七百石を受くるものなりしも、性怯懦にして命を拜せし
後快々樂しまず、遂に自刄してその祀を斷つに至れり。是を以て平膳獨事に當りしが、翌
五年三月齊廣の國に就くに及び、若し外寇の事起...
第五章 加賀藩治終末期 第三節 錢屋五兵衞
錢屋の子孫
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苦痛は遂に之を癒す能はず、憂欝の極病を發し、元治元年越中城端の善徳寺に詣でんとす
る途次、その乘輿中に自刄し、佐八郎も慶應二年相尋いで死せり。初め喜太郎一男兒を擧
げしが、土俗四十二の二つ兒として忌憚するもの...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰の苦心
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
るに於いて何等の利益なきを以て、潛心熟慮の結果、慶寧に謹愼を命じて國に就くを許し
、從臣の主なるものを自刄せしめて責任を負はしめ、然る後自ら江戸に赴きて陳謝すべし
となし、七月二十七日更に前田土佐守直信・不破...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
慶寧の海津出發
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、旅次謹愼の意を表して金澤に向かひしに、松平大貳は慶寧を送りたる後、獨その旅宿と
したる正行院に還りて自刄し、以て慶寧をして退京せしめたる罪を負へり。翌十二日直信
、正行院に臨みて大貳の遺屍を檢す。時人山崎庄...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
加賀藩の先發部隊
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輔一部兵六十二人田邊仙三郎信武部兵六十六人青地半四郎基治部兵百二十二人宮崎久兵衞
元高[堀丈之助貞固(自刄)水野徳三郎寛友(後任)]部兵百十四人多田權太郎部兵四十
九人銃 隊 長木村實之助部兵六十五人春日於菟...