石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
青地禮幹の本多政昌に與へたる書
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に御座候故、諸役人共未レ致二信服一候。對馬(前田孝資)殿には萬事御扣目にて、各見
聞の通に候。只尊前(本多政昌)樣御一人を頼母敷も存、御奧深く存罷在候。然共御遠慮
勝故にも候哉、目に餘り申事共も御詰問も無二御座一...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田直躬と朝元
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
瓜内梅鉢なるに拘らず、享保十九年元旦の登城に際し、藩侯の徽章と同一なるものをその
大紋素袍に附せしに、本多政昌が之を非難せしことあり。これ直躬の相先直之は、侯族利
政の嫡子にして、萬治二年小松城代を命ぜられしが、...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
青地禮幹
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
刊する所となる。大槻朝元の前田吉徳の寵を恃みて威福を弄するに及び、禮幹切齒默視す
るに忍びず、書を國老本多政昌等に贈りてその奸を發き、次いで世子宗辰に上疏して具に
その罪状を彈劾す。書末韓愈佛骨を迎ふるを諫めて左...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元の抗議
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
御奉公之其一と奉レ存候間、被二仰出一之趣何分奉レ畏旨申聞退出仕候。以上。七月二日
(延享三年)安房守(本多政昌)大和守(横山貴林)〔袖裏雜記〕
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
五箇山配流
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
享三年十二月前田宗辰卒し、弟重凞家を嗣ぎしが、翌四年宗辰の一周忌を終るに及び、十
二月十八日再び朝元を本多政昌の邸に召喚し、奧村助右衞門修古之に列席して、當侯も亦
先侯の意を受けて、朝元の食祿を歿收し、蟄居を改め...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
直躬藩侯の世子に上書す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
るはなしと。宗辰乃ち之に對して返翰を與へ、而して直躬は復上申書を上れり。曰く、藩
侯に對しては、余他日本多政昌と謀りて苦諫する所あらんと欲す。かの横山貴林は、好ん
で藩の貸附せる金銀の回收事務に鞅掌して非行最も多...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
直躬三たび上書す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を以て余輩上書して鄙意を述べんと欲すといへども、到底侯の見聞に達せざるべきを思ひ
、自ら抑へて言はず。本多政昌も今は既に朝元に盲從せるを以て、大事を謀るに足らざる
に至れりと。
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
青地禮幹と朝元
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
人を大小將組の士青地藤太夫と爲す。藤太夫諱は禮幹、學を室鳩巣に受けし人なり。寛保
二年禮幹は書を裁して本多政昌に訴へ、近時朝元の驕傲益甚だしく、君寵を憑みて私意を
張り、舊例古格を變更したること擧げて數ふべからず...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の歸城と病症
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
代々泊。壽安者毎日御針之處、十八日より毎日兩度宛御針仕。廿五日能勢玄達、并大和守
醫岩脇碩庵、安房守(本多政昌)醫原田玄格、町醫小林意仙・奧田宗安え診被二仰付一。
今日より玄眞、人參五分入御藥上レ之。廿六日夕方よ...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
診療に從事せる人々
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
眞・林玄潤・南保玄伯・小宮山了意・中村正伯・佐々伯順・小宮山全柳・能勢玄達、横山
貴林の侍醫岩脇碩庵、本多政昌の侍醫原田玄格、町醫小林意仙・奧田宗安之に當り、鍼術
は久保壽安之を施しゝが、何等の効を奏せざりしを以...