石川県立図書館/大型絵図・石川県史

本文テキスト検索結果
 
ソート機能:
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
本多政均の經歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
本多政均は政和の第二子にして、天保九年五月八日を以て生まる。弘化四年九月父政和卒
して、長子政通家を嗣ぎしが、...
石川縣史 目次
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
元治の變八〇三頁第五節征長の役と南越の陣八七六頁第六節藩末の改革九一六頁第七節北
越戰爭九五一頁第八節本多政均の遭難一〇〇九頁第九節版籍奉還一〇三二頁第六章大聖寺
藩治一斑一〇七六頁附録第一系譜一一二一頁第二侍帳...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
爲政至難の時
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て爲政の局に當るもの衆怨の目標となり、竟に命を不慮の禍に殞しゝもの古來その例尠し
とせず。加賀藩の老臣本多政均も亦その一人なり。
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
政均暗殺の計畫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
る後、酒宴を張りて意氣を壯にし、その歸路に於いて政均を殿中に刺殺するの最も良策な
るべきを決したりき。本多政均寫眞男爵本多政樹氏藏本多政均写真
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
本多政均の人物調査
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
明治三年九月刑部省は沖太郎等の刑を裁定するに先だち、參考に資するが爲本多政均の爲
人に關する調査を命じ、藩は直に書面を以て之に應へたりき。次いで四年二月十四日政均
の暗殺に關する獄...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
本多政均等の執政と關係者の裁判
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是より先、藩の老臣本多播磨守政均・村井又兵衞長在二人は、久しく政事の樞機に與るこ
とを得ざりしが、慶寧...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
駒井躋庵
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の爲に朔平門に傷けらる。躋庵急に匿名の書を作り、藩に郵致して京師の動靜を報ず。藩
侯大に驚き、直に老臣本多政均を上京せしめ、以て王事に周旋せしめき。初め書を致しゝ
ものゝ何人なりやを詳かにせざりしが、後躋庵なるこ...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
頻々たる改革
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の禽獸魚介を捕獲するを禁じ、三月十四日には封内の地理を諳んじ又君臣相親睦するの目
的を以て、慶寧は老臣本多政均及び長連恭を從へ馬を飛ばして河北郡木津村に赴き、十七
日令して城内當直の大小將組以下歩士に至るまで、公...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
本多政均の上洛
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
この時に當りて京師の政情甚だ危急を告げ、遂に薩長二藩協同して徳川氏を排斥したるを
以て、將軍慶喜は十月...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
沖太郎義平の捕縳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を取失ひ重々不屆至極之者に付、先づ刑獄寮揚屋入被二仰付一候條、此段申渡、同寮へ可
レ被二引渡一候事。〔本多政均遭難始末〕
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
本多家臣の綏撫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
極之事に候之條、此段厚く相心得、心得違無レ之樣一統へ可レ被二申諭置一候也。巳八月
(明治二年)執政中〔本多政均遭難始末〕
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
連累の捕縳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の人死出の山くらき夜すがら迷ふとも迷はじものをものゝふの道八月九日夜心靜書赤心報
國土屋茂助盛親在判〔本多政均遭難顚末〕
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
本多政均の追賞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
政均の暗殺せられしより風雨多年、明治四十二年九月十一日朝廷生前の功を賞して從四位
を追贈し給へり。是に...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
菅野定明
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
兒島に赴きたる時、西郷隆盛亦定明の存否を質すといふ。明治元年三月十七日歿す、享年
五十四。養嗣子は即ち本多政均を刺したる菅野輔吉なり。鋸山選別賦得五烏歌有二五烏一
久栖二一枝一。嘗如二弟兄一相追隨。一烏今朝獨歸レ...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
河波有道
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
。是に於いて諸子百家に渉り、頗る得る所あり。弘化四年本多政通の近侍となり、次いで
侍讀を兼ね、安政五年本多政均に從ひて江戸に赴き、村田藏六の門に蘭學を學ぶ。明治元
年明倫堂助教に任ぜられ、自ら梅塢塾を開きて諸生に...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
横山政和
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
しが、三歳にして父を喪ひ、二十歳にして藩の家老となり、後小松城代を兼ぬ。明治元年
執政に擢でられ、同班本多政均と力を協せて藩制を釐革せしが、二年政均の卒後政和專ら
事に當り、尋いで金澤藩大參事に任ぜられ、藩の廢せ...