石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
前田氏の配備と末森城
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
繁榮の粧を刷(カノツクロ)ひ、天正十一年五月七日入部の規式いとゆゝしくぞ見えたりけ
る。〔甫庵太閤記〕末森城址遠望在羽咋郡柏崎村末森城址遠望末森城が要害の地に在るこ
とは、實に甫庵太閤記のいふが如し。然れどもこ...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
末森城攻圍戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
助・同牛之助・本庄市兵衞・野入平右衞門・齋藤半右衞門・佐々與左衞門・堀田四郎右衞
門・櫻勘助等をして、末森城下に迫りて火を放たしめんとせり。末森城の副將土肥伊豫之
を見て、上下二百餘人を率ゐ突出して悉く戰ひ死せ...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
成政軍の末森侵入と田畑兵衞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
加賀方面を脅し、次いで能登方面を襲ひしも、共に何等の好果をも得る能はざりしを以て
、將に大軍を動かして末森城を陷れ、加・能二國の連絡を截斷して大に爲す所あらんと計
畫せり。因りて成政の軍は、九月八日の夜に入りて...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
千秋範昌の寃
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、永福の妻を激賞したるに反して、千秋主殿助範昌の操守甚だ堅實ならざりしを述べてい
ふ。越中勢は、永福の末森城を固守して、容易に之を屠る能はざるを知り、先づ範昌を内
應せしめんと謀れり。範昌は越前の人にして、利家...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
甫庵の文書假作
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の文中に、今度佐々内藏助が謀叛を企て、能州奧郡に發向するの行(テダテ)を成したりと
いへども、引違へて末森城に推し寄せたりといふは、全然事實にあらず。又首十二到來せ
るととを記するも、十三日附利家の書状に據れば...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
を以て起る。當時佐々成政隣國越中の富山に在り、利家の勢力を覆して雄を北陸に稱へん
と欲し突如として我が末森城を襲ひたりしが、企圖空しく成らずして退嬰し、次いで秀吉
の遠征に遭ひて領土の大部を喪ひ、更に易封を命ぜ...
石川縣史 目次
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
第一系譜一一二一頁第二侍帳一一六一頁第三年表一二一三頁第四索引一二六三頁插圖村上
頼勝下知状四頁―五頁末森城址遠望五六頁―五七頁奧村永福畫像六二頁―六三頁鍾馗の馬
幟七八頁―七九頁青木善四郎等宛前田利家書翰八〇...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
前田利家の金澤入城
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
虎視眈々として我が虚に乘ぜんとせしを以て、未だ枕を高くして眠るを許さゞりしが、十
二年九月成政の進んで末森城を襲ひ、敗を前田軍に取るに及び、利家の北陸探題たる地位
は、牢として拔く可からざるに至れり。
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
永福夫人の勇武
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
石をも欺く計に諸卒の心一致し、たのもしうぞ見えたりける。〔甫庵太閤記〕○成政提二
精兵八千一。攻二能登末森城一。加賀驍將奧村永福所レ守也。成政下レ令曰。利家聞レ圍
レ城必赴援。宜下及二其未一レ至而急援上レ之。於...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
利家の出陣
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
末森城が包圍せられたりとの戰報は、十日金澤に達せしに、利家は申刻を以て直に甲を擐
して起てり。利家夜話には、...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
末森役に於ける長連龍
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に、利家にして假令金澤より出馬するも、成政の軍は之を途上に妨げて目的を達せざらし
むべく、之に加ふるに末森城の陷落したる流聞あるを以て、進撃の遂に徒勞に屬すべきを
論ずるものあり、爲に逡巡して決する所なかりき。...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
利家戰捷を秀吉に報ず
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に候。謹言。又左九月十四日(天正十二年)利家在判青木善四郎殿御返事〔温故足徴〕○
御状披見候。仍今度は末森城取卷、端城令二放火一、本城計相殘候由申來に付、則又左衞
門・我等懸付、即時追崩、大將分十一人、其外首千...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
成政の東海道に出でたる時期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
るを難じ、その季節に在りては到底之を敢行し得ざるべきを指摘し、且つ成政と家康との
妥協成立を以て、彼が末森城の攻撃を決意したる前提なりと解したるが故に、十一月は字
形の相似たるにより七月を誤れるなりと斷じたれど...
第一章 制度法規 第四節 租税
能登國雜税
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
定納之分此譯九千三十四貫八百二十文山役三百七十九貫九百八十文苦竹役五貫七百文野役
三貫文草役三貫九百文末森城跡下苅役二百五十八貫百四十七文地子役百貫四百文傳馬役六
十一貫八百文鍛冶役十四貫文紙漉役十貫文川役一貫...
第五章 殖産製造 第四節 林業
藩有林
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
凡そ山林中藩有に屬するものは之を御林と稱す。能登に在りては寛文中舊七尾城跡・末森
跡及び各村の論地となれるもの等十五ヶ所を選びて鎌留御林と稱し、雜木の伐採は言ふ
までもなく、下草・枯枝...
第六章 經濟交通 第一節 貨幣
金銀貨
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
いて發行したるなりといはる。然りといへども老臣奧村氏の家譜を案ずるに、天正十二年
九月同家の祖永福が、末森城を防守して功ありし時、利家之を賞して種々の物を與へしが
、その中に黄金七枚ありて、毎錠梅鉢の紋を刻した...