石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 學事宗教 第十節 佛教
日海
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
日海、名は算妙、初め京都寂光寺内本因坊に住す。日海學徳兼ね備り、傍ら圍碁に於いて
天下に匹儔を見ず。是を以...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
長連恭の上洛
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
衆多にして行旅意の如くならず。因りて連賢以下をして驛路敦賀を經て進ましめ、連恭は
間道より急行し、廿七日海津に至り、昨日着の横山隆淑と共に慶寧の本陣に就きて齊泰の
命を傳へたりき。曰く慶寧が事變に臨みて退軍し...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
大野木源藏の奔走
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
九日其表(京都)御引取、同夜大津驛御止宿被レ遊候。同廿二日今津驛え御着、同寸三日
同所に御逗留、翌廿四日海津驛迄御出御止宿被レ遊候。然處高田久兵衞(齊泰近習頭)儀
、道中指急之御使被二仰付一、同日海津え參著、...
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
加賀藩兵敦賀に向かふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て甚七郎等は即夜行軍を起し、翌朝大津より船を僦ひて湖上を横ぎり、夜半より八日にか
けて梅津に上陸し、九日海津を發して敦賀に達したりき。
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
降人の敦賀移送
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
し。その他浪士等は乘馬五十二疋・駄馬四十疋を有せり。是より先慶喜は、事既に鎭靜に
歸したるを以て二十四日海津を發し、幕府の大小監察も亦二十七日皆歸京し、南越の黄塵
全く跡を收む。今度賊徒降伏一件、格別之御盡力...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
山崎孝之の建白
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
御城奉二守護一、庭する者是を撫し、不庭の者日月の御旗を以是を正され候ば、天下誰か
勤王を重ぜざらん。不日海宇混一御忠節御恩義共兩全の御大功、亦甲兵を不レ用して覇道
の御大業、御功業是より盛なるは無二御座一候。...
第六章 大聖寺藩治一斑
元治事變の影響
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
實情を知り、淹留四日にして歸路に就けるなり。而して前田直信は八月五日大聖寺を發し
て南上し、慶寧は十一日海津を發して北下せり。十五日慶寧大聖寺に次し、翌日輿を發し
て十八日金澤に入りしが、獨從行の長たる山崎庄...