石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第五章 加賀藩治終末期 第一節 奧村榮實の献替
寺島藏人の建議と處罰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
べし。余初め老職の爲す所を以て悉く主君の意より出づるものなりと思へり。然るに今年
春余先侯の知遇を得て教諭局の員に備り、日夕親しく徳音に接するに及び、嚮に有司の行
ひし所先侯の意と頗る徑庭あるを知り、私かに怪し...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
教諭局
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
りては城外竹澤殿に隱棲し、新たに側用人以下數十の職員を專屬せしめて政務を掌らしめ
しが、文政七年春更に教諭局を殿内に設け、組頭中より十二人を擇びて之に屬せしめき。
時に局中三老三才の名あり。三老は杉野善三郎盟・...
第五章 加賀藩治終末期 第一節 奧村榮實の献替
年寄と組頭との軋轢
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に著しく軒輊あるを常態とすといへども、齋廣の晩年に於いて、齋泰の政を攝行する機關
として、組頭を擧げて教諭局を組織せしめ、大小の政務盡くこゝに決するに及び組頭の勢
力頓に偉大となり、年寄等は空しく手を拱してその...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
前田齊廣の施政方針
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
人これを稱して教諭といへり。後に齊廣の退老して子齊泰の政を攝せし時、その樞機に參
畫する者の居りし所を教諭局と名づけたるも亦これに基づく。これ今齊廣時代の施治を説
くに當り、假に教諭政治と題する所以なり。
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齊廣の卒去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
四月一たび快癒したりしが、六月に至りて豫後宜しからず、七月十日遂に易簀し、十二日
發喪せり。是に於いて教諭局も亦廢す。三月廿八日(文政七年)。中將(齊廣)樣御麻疹
に付、八半時頃竹澤御殿え罷出伺二御機嫌一候處、...
第五章 加賀藩治終末期 第一節 奧村榮實の献替
參覲延期と復元御潤色
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
追考して、その士風を正しくし庶民を安んぜんとし給ひし深意を知り得たり。蓋し先侯が
有爲の志を抱きて特に教諭局を開き、能吏を會して政事の本末得失を討論熟議せしめ、而
して將に之を實際に施さんとするに當り突如疾に罹...
第五章 加賀藩治終末期 第一節 奧村榮實の献替
士氣振興の令
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
人皆苟合に狃れ、一時は之を奉ずるが如くにして未だ曾て久しく行はれしことあらず。先
侯深く之を慨し、特に教諭局を開きて畫策する所あらんとせしが、不幸にして幾くもなく
世を辭せり。當時余幼弱にして統を承け、自ら積弊...