石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第六章 大聖寺藩治一斑
元治事變の影響
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
へしめしが、その虚報なるを知るに及びて撤し、穩齋は二日再び南上せり。三日、先に大
聖寺藩より派遣したる援兵罷め歸る。援兵の海津に著せしは七月二十八日にして、海津の
隣邑なる柳澤侯の領澤村に駐りしが、慶寧退軍の...
第六章 大聖寺藩治一斑
南越の役の影響
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
賀藩の軍門に請へり。是に至りて松平慶永は、十九日書を大聖寺藩の鯖江の陣に送り、今
や敵已に降れるを以て援兵の撤退休養せんことを求め、因りて大聖寺藩の士卒にして越前
に在りしもの二十二日を以て皆還りたりき。この...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
永福夫人の勇武
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
聞昔楠某。以二數千之兵一。禦二百萬之衆一。遂立二大功一。况此區々之敵。盍三亦努力
保二夕一乎。明日金澤援兵必至。乃可三以破レ敵而建二大功一也。奧村見レ之喜曰。吾室
壯烈過二男子一遠矣。然籍二婦人之力一而守レ之...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
荒山城攻撃
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に高畠定吉をして勝山口に陣せしめ、並に彼等の退却せんとするを見ば、烽火を揚げて之
を報ずべく、我は直に援兵を出すべしと約せり。後諸將機に乘じて荒山を力攻し、遂に隼
人を逐へり。この役定吉その祖直吉傳ふる所の法...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
豐臣民の援を求めたる時期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
談にいふ。慶長十八年冬織田左門頼長は秀頼の使として高岡に來り、若し異變の大阪に起
ることあらば直に侯の援兵を假り得んと請ひしに、利長は、我れ今不幸にして病を懷き、
軍旅の間に馳驅する能はず。况や既に致仕して手...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
本多政重の深慮
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
及ばん。大聖寺侯にして大藩と婚を結び、而して萬一邦家有事の日に會せば、加賀侯は大
聖寺侯を通じて強大の援兵を得べし。これ臣の女を上らざる理由の二なり。且つ臣の女は
、之を本願寺の家宰粟津大進に嫁せしめんと欲す...
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
大聖寺福井二藩の後援
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
八郎左衞門賢高・江守新八郎の隊を越前に遣りて福井藩に加勢せしむ。十三日小松の軍を
越前に進めて福井藩の援兵とし、堀半左衞門純・古屋甚兵衞永種の隊を小松に出して大聖
寺藩を助けしめ、而して八郎左衞門・新八郎の隊...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
小川隊の目附守備
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に目附に在りて戰状の推移に從ひ應援隊を派遣すべきを命ぜらる。三藩乃ち相議し、萬一
の際松代藩と高田藩と援兵となりて前進し、加賀藩は目附に留りて守備に任ずることを約
せしが、朝四ツ時松代藩の使者小川隊に來り、戰...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
瀧原の戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
するに決し、七ツ時瀧原村に達し、その半隊と富山藩兵とをして先づ布澤に入らしめき。
これより先、津田隊は援兵を野尻に請ひしかば、親兵隊長鳥山堅三は一小隊中の半隊を率
ゐて來り會せり。既にして敵の斥候が本道より進...