石川県立図書館/大型絵図・石川県史

本文テキスト検索結果
 
ソート機能:
第六章 經濟交通 第四節 交通
手取川の渡舟
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
加賀・能登二國中に河水多しといへども、皆架するに橋梁を以てして行旅の利便を計れり
。然るに獨手取川に於いて渡舟を用ひたるは、啻に河幅の大にして架橋工事の容易ならざ
りしが爲のみにあらず、亦一旦緩急ある...
第五章 殖産製造 第二節 農業(中)
水内六左衞門
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
。六左衞門又享保三年福留の人林楚太郎と謀り、運上島等七ヶ村の荒無を開拓し、十一年
竣功せり。この地もと手取川の河床たりしを以て手取川開と稱す。次いで享保七年平加よ
り鷺森に至る海岸の砂地を開墾し、十九年に至り之...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利常夫人の入輿
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
人は之を送り、之に對して金澤よりは前田長種・長連龍等を越前金津の上野に派し、利長
も亦自ら侍臣を率ゐて手取川に至り迎へたりき。珠姫時に三歳。その江戸より金澤に至る
間、東海・北陸二道の領主皆新たに橋を架し茶屋を...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
門出の血祭
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
圉人利常の馬を牽きて追ひ至りしに、利常は日比小兵衞に命じて之を斬らしめ、以て軍神
の犧牲とせり。この日手取川の水漲溢し、士卒これを渉りて溺るゝもの多かりき。
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
大阪冬御陣日記
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
月十四日、金澤を御出陣被レ成候。門出軍神の血祭とて御馬取御成敗、其晩小松へ御著被
レ成候。雨降り、川(手取川)以の外水出しかば、夫馬數多流死也。同十五日、雨降り、
小松を御出被レ成、大聖寺へ御著被レ成。同十六日...
第三章 學事宗教 第五節 國學(下)
高畠米積
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
以降多太神社・小坂神社等の祠官となり、三浦俵三と號す。十年六月二十日歿する時、七
十五。春風春水一時來手取川雪消の水ぞまさりける白根もはるのかぜやふくらん白山むら
山をおほひしゆきの上にこそふもとは見ゆれ越の白...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
妙慶寺後住問題
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
退隱せしめ、檀那中の一二に轉寺を命じたりき。因りて寶珠院は去りて洛に赴き、養壽院
は白山比咩神社に近き手取川の安久濤淵に投じて死せり。
第五章 殖産製造 第二節 農業(中)
枝 權兵衞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
枝權兵衞は石川郡坂尻村の人、文政八年齡十七にして村肝煎となり、爾後恪勤精勵身を以
て公事に盡せり。當時手取川の十八河原より分岐する富樫用水ありて、草高一萬七千石の
田地に灌漑せしが、その取入口の適當ならざると設...
第五章 殖産製造 第八節 雜業
煙草の耕作
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
煙草の耕作は、石川郡鶴來附近・同郡松任附近・能美郡河合附近等を以て最とせり。鶴來
附近は手取川沿岸の山地にして、河合はその上流溪間に在り。是等の地平田狹少にして、
その産する穀菽は僅かに自家の食料...