石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第九節 金澤城及び城下
領内及び金澤城の防禦
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
已むを得ざる場合に在りては、固より領内に在りて防禦するの覺悟なかるべからず。是を
以て利長は、慶長十年富山城に隱棲し、十四年その災に罹りし後また高岡に築きて之に徙
り、以て金澤城の前衞に任ぜり。利常の時、寛永十...
第四章 美術工藝 第六節 刀工
清光系
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
━━━━━━━━━┳━清光━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓代天正頃┃代寛
永頃┃┃┃┃與兵衞、富山住┃┣━清光━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓┃┃慶
長頃┃┃┃┃┃┃喜兵衞┃┃┣━清光┃┃┃越中佐...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
郡を得、直に金澤城に移り住めり。石川縣史第二編の記述は、即ちこの時を以て起る。當
時佐々成政隣國越中の富山に在り、利家の勢力を覆して雄を北陸に稱へんと欲し突如とし
て我が末森城を襲ひたりしが、企圖空しく成らずし...
第一章 領主及び領土
前田氏の兩支藩分立
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
六十石を養老領とし、また之と同時に、次子利次に十萬石、三子利治に七萬石を分かちて
支藩たらしめき。世に富山藩及び大聖寺藩と稱せらるゝもの即ち是にして、宗藩は加賀藩
と呼ぶを例とせり。富山・大聖寺二藩の領邑は初め...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の退老
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
月八日家康に伏見に謁し、幾くもなく國に歸れり。是より先、利長隱棲の志ありしかば、
堀田平右衞門等をして富山城を修築することを計畫せしめしに、平右衞門三月二十九日を
以て設計書を作り、之を利長に上る。六月十六日利...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
。尋いで文祿二年閨九月晦左近衞權少將に昇り、四年權中將に轉じ、慶長二年九月廿八日
參議に任じ、同年十月富山城に移り、三年四月廿日利家の封を襲ぎて從三位權中納言とな
り、金澤城に治し、四年十二月廿日權中納言を辭せ...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
改作法施行の擴張
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
農制に於ける所謂改作法は、先に明暦二年を以て一段落を告げたりしが、當時加賀の一部
に亙りし富山藩領と、能登に於いて老臣長氏が織田信長の時より有せる釆地とには、未だ
之を施行するに至らざりき。然るに綱...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
瀧原の戰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
九月二十四日津田玄蕃隊は富山藩兵と共に小林村に在りしが、敵梁取に進みたりとの報を
得、戰鬪準備を整へてその來るを待ちしに、晝四ツ時大...
第五章 殖産製造 第六節 製箔
能登屋左助の運動
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
んと欲して、江戸に運動を開始したるものは、卯辰の人能登屋左助にして、彼は先づ金座
手代鹽崎勝兵衞より、富山藩が天保二年城郭火災に罹りたるを名とし、五年より七年まで
所用の製箔を許されたることあるを知れり。この事...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
成政家康に會見す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
也。兼て汝等にしらせ度は思ひけめど、於二賀州一無二沙汰一樣にとふかく忍び出しに依
で、左もなかりし也。富山を出てより十日許は前田知まじ。ほの聞てより決定の間五日。
かくて陣用意五六日はあらんや。上下廿日には歸城...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
秀吉の慣用戰略と成政の體度
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
大木一成レ柵、始二倶利伽羅峠左右一、鳥越・竹橋・小原・松根此外取出城三十六也。根
城木舟・森山・益山・富山等十餘箇所、以上國中東西之間、拵二五十餘箇所一防レ之。』
といへるが如き勇敢なる擧動は、決して有り得べき...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
成政降伏後の秀吉
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ける秀吉の行動は、大村由己の記する所によりて極めて明瞭なり。即ち閏八月朔日彼は陣
を芹谷野に轉じ、二日富山城を巡視し、三日には呉服山に於ける利家の茗宴に請待せられ
、四日五日國中を綏撫してその掟を定むといへり。...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
前田氏越中一國を領す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
天正十五年六月九日、富山城主佐々成政は、釆地新川郡を收められて肥後に移封せり。利
家乃ち秀吉の命により、假にその舊領を統治せしが...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
事、さて〱惜しき事、笑止なり。』といひ、直に石を投じたりと白石紳書には記せり。五
月十(廿)月、越中國富山羽柴肥前守死去。近年唐瘡病惱、終以如レ此。〔當代記〕○五
月廿日羽柴肥前守、越中於二外(富)山之城一、唐...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田吉徳の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
改め、翌十五日犬千代と稱し、同月二十一日又左衞門と改め、諱を利興といへり。利興の
名は、之と同時に支藩富山侯の世子に長門守利興ありしを以て、宗藩の世子が同名を選び
しは頗る怪しむべく、或は參議公年表に利起とある...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
東北諸侯の討伐
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の尚王師に抗敵せんとするの勢を示すものあり。因りて朝廷は之が討伐を謀り、十五日に
は加賀藩、十八日には富山藩も亦北陸道の官軍に屬して進撃すべしとの令を傳へられたり
。十九日北陸道先鋒總督兼鎭撫使高倉永祜は更めて...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
連累の裁判
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
發足前に一面會いたし候得共、初ての事故心底之趣申合候儀は無レ之。其後多賀賢三郎・
岡山茂・松原乙七郎・富山御藩杏百太郎、右人々も御國事に致二盡力一罷在候由悌五郎よ
り承、私共赤心之趣も賢三郎等え悌五郎より申明候...
第六章 大聖寺藩治一斑
第五世利道
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
て致仕し、七月四日遠江守と改め、天明元年正月十四日卒す、年四十九。顯照院と諡し、
實性院に歸葬す。利道富山侯前田利隆の女を娶りしが、寳暦八年二月二十八日利道に先だ
ちて歿し、寳光院と諡せらる。寳光院は嫡男利貞を...
第一章 制度法規 第二節 祿制
祿制の混亂
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
、同十三年より十七年迄之御給人衆區々の御取免書上に相成候。是は同十六年微妙院樣御
隱居御願被レ遊、同年富山樣・大聖寺樣え御分國被レ遊候に付、御隱居御領二十二萬石、
富山樣等御領十七萬石御切分被二仰付一候由に而、...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
杏立
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
杏立、字は士立、通稻敏次郎、凡山は其の號なり。富山の人。初め大野介堂に學び、後昌
平黌に入り、林述齋・鹽谷宕陰を師とし、經學に通じ詩に巧なり。立、弘化元年...