石川県立図書館/大型絵図・石川県史

本文テキスト検索結果
 
ソート機能:
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の歸城と病症
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
泊。廿九日晝より小宮了意指圖に而同全柳御七仕、人參壹分五厘入御藥上レ之。依レ之全
柳定泊等如レ前。晦日宗辰公え容躰被二仰進一候。御使御表小將神保五郎え、内藏允・勘
右衞門取計に而申渡。御目六を以白銀十枚、御内...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
宗辰の病状
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
稗史に於いてはまた、宗辰の卒去も江戸邸内にて毒殺せられたるなりとし、或は姻戚佐竹
氏を訪ひたるにその婢が毒を混じたる煙草を勸め...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田宗辰の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
前田宗辰は吉徳の長子にして第七世の藩主なり。享保十年四月二十五日金澤に生まる。母
は江戸の浪士村田氏の女淨珠院...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
五箇山配流
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
延享三年十二月前田宗辰卒し、弟重凞家を嗣ぎしが、翌四年宗辰の一周忌を終るに及び、
十二月十八日再び朝元を本多政昌の邸に召喚し...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
直躬藩侯の世子に上書す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の建策によりて行はれたりと考へたるが如く、爾後朝元を憎むこと殊に甚だしきを加ふる
に至り、寛保三年世子宗辰に上書して多年の欝屈を散ぜんと欲したりき。その大意に曰く
、方今君侯の政を行ふや、これを老臣に諮問する...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
直躬四たび上書す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
延享二年六月吉徳の卒後僅かに數日にして、直躬は四たび在江戸の宗辰に上書せり。曰く
、朝元先侯の病に侍して頗る禮を缺けり。その故は、彼晝夜看護の勞を執らざるべからざ
るに...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
宗辰夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
宗辰夫人は會津侯松平正容の女にして常姫といひ、延享元年四月二十二日入輿し、二年十
一月晦日逝去す。諡して梅...
第四章 加賀藩治停頓期 第二節 財政逼迫
宗辰時代の財政
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
共にその法を議せざるべからずといへるに由りて、當時の事情を察するに足るべし。昌言
は室鳩巣の外甥なり。宗辰その言を是とし、延享二年十月六日有司に諭し、冗費を省き節
儉を行ひ、諸局心を一にして成功を期せしめ、十...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
前田宗辰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
前田宗辰、字は伯拱、梅塢・晧然齋・闇章堂の號あり。儒を聘し學を崇び、才を擇びて吏
に任じ、特に大地昌言に命じて...
第四章 美術工藝 第三節 描金
五十嵐喜三郎系
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
二仰付一相勤罷在候所、元文四年七月病死仕候。五十嵐宗兵衞宗兵衞儀、蒔繪細工仕罷在
候處、大應院樣(前田宗辰)御代、江戸御參勤御土産等蒔繪御用被二仰付一相勤罷在候所
、寛延三年十二月病死仕候。〔描金事歴〕こは喜...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
存し、藩臣の要職に在る者、政權與奪の爲に反目爭鬪すること、亦この頃より頗る露骨と
なる。吉徳卒去の後、宗辰・重熈・重靖・重教皆壽ならず、治績の擧らざるもの亦故あり
とすべし。治脩の學校を興し、孝義を旌表し、齊...
石川縣史 目次
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
宛大槻朝元書翰五一四頁―五一五頁前田直躬畫像五二二頁―五二三頁前田吉徳幼年筆蹟五
四四頁―五四五頁前田宗辰畫像五五四頁―五五五頁本多政行宛前田重凞書翰五五六頁―五
五七頁前田重靖畫像五五八頁―五五九頁前田重教...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
大槻朝元の一大疑獄
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
氏祖宗の典範を動搖せしめたるを喜ばざる保守主義の徒とは、相應じて朝元を要路より除
かんと欲し、或は世子宗辰に訴ふるあり、或は老臣本多安房守政昌に密告するありて、百
方これが爲に奔走努力したりき。然るに吉徳の尚...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元の處罰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
延享二年六月吉徳卒して世子宗辰嗣ぎしが、八月三日朝元の藩侯近侍の職を罷めて表向に
勤務せしめ、九月七日には村田半助金澤に來著して、朝...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
直躬三たび上書す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
翌延享元年世子宗辰金澤に歸りしかば、直躬は金谷殿に至りてこれに謁し、又内申書を上
れり。その略にいふ。近時藩侯の江戸より...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
青地禮幹と朝元
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
士の間に傳はるに及び、知るも知らざるも囂々として親元の非行を論難するものを生じ、
遂に前に言へる如く、宗辰襲職の初に於いて、深くその罪状を糺すことなく斷乎として朝
元非職の命あるに至りしなり。
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
置毒問題
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の淨珠院に及ばんことを惧れ、正伯を召して事情を徴し、善後の策に關して講究する所あ
りき。淨珠院とは先侯宗辰の生母上阪氏なり。
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田重凞の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
軍吉宗に謁し、十二月二十一日從五位下但馬守に叙任す。延享二年五月六日初めて國に就
き、三年十二月十日兄宗辰の嗣子となり、四年正月二十六日襲封を命ぜられ、二月四日加
賀守と改め、同月十九日將軍家重の偏諱を賜ひて...
第四章 加賀藩治停頓期 第二節 財政逼迫
重凞時代の儉約
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
宗辰の後を受けたる重凞も亦同じく節儉を勸め、自ら綿衣を用ひて範を示し、延享四年群
臣に命じて之に倣はしめき...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
所謂藩治停頓期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
享保八年藩侯吉徳の襲封に起り、宗辰・重凞・重靖・重教・治脩を經て、齊廣の文政五年
退老せしに至る一百年間は、吾人の所謂藩治停頓期にして、...