石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 學事宗教 第九節 兵學
安達幸之助
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
安達幸之助、諱は寛栗、藩士辻平之丞の臣中宮五左衞門の第二子なり。幸之助刻苦勵精人
に超ゆ。初め藩臣瀬川某の家隸と...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
加賀藩王師の先鋒たらんと請ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
が故に、之に對する費用に就きて力を致すべきを命じ、又親兵取調係二名を派遣せしめき
。藩乃ち井口嘉一郎・安達幸之助を以て之に應ぜり。御書取加賀宰相(慶寧)中將先年輦
下(元治元年)御變動の砌、尚又舊冬(慶應三年)同樣...
石川縣史 目次
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
書五〇〇頁―五〇一頁黒川良安・津田淳三肖像五〇四頁―五〇五頁金澤泉野調練圖(二葉
)五一四頁―五一五頁安達幸之助肖像五一六頁―五一七頁石動山天平寺古圖五二〇頁―五
二一頁血書大般若經五四二頁―五四三頁本願寺教如消息...
第三章 學事宗教 第一節 學校
壯猶館
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
し、以て藩士の炮術を學び練兵に從事する所とせり。本校の教師にして初めて蘭學を講じ
たるを鹿田文平とし、安達幸之助之に次ぎしが、幸之助は後に英學に轉じたりき。尋いで
三宅復一・岡田秀之助亦英學を以て生徒に授け、幕士秋...
第三章 學事宗教 第一節 學校
壯猶館の職員
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
十人あり。卒族を指引するものゝ數も亦之に同じ。指引とは尚指揮といふが如し。學術の
擔任教師は鹿田文平・安達幸之助を飜譯方と稱し、其の他二三人あるに過ぎずして、役料
知を受くることなく、七月・十二月の二次に賜金ありし...
第三章 學事宗教 第一節 學校
壯猶館の生徒
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
といへども、日々出席したるもの三百人を下ることなく、之に對する指引役概ね百四十人
ありしといふ。洋學は安達幸之助が教員たりし時を以て最も隆盛とし、私費を以て寄宿す
るもの五六十人あるに至れり。然れども教員の數五六人...
第三章 學事宗教 第九節 兵學
壯猶館創設
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
べからざるなり。前記の外壯猶館の教師には、藩外より聘せられたるものに佐野鼎あり。
藩士に鹿田文平あり、安達幸之助あり。文平・幸之助二人に學びて飜譯方となりたるもの
に大屋愷敆あり。是等は皆藩末の軍政に參與し、兵學の...
第三章 學事宗教 第九節 兵學
大屋愷敆
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
通稱武一郎、曉山又は岸舟と號し、天保十年八月金澤に生まる。愷敆安政元年京都に遊學
し、五年國に歸るの後安達幸之助及び鹿田文平に學ぶ。是を以て慶應元年十一月遂に壯猶
館飜譯方に任ぜられ、二年二月石川郡寺中及び畝田炮臺...