石川県立図書館/大型絵図・石川県史

本文テキスト検索結果
 
ソート機能:
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
宇喜多秀家の配流
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
十一年四月備前・備中・備後三國の領主宇喜多秀家、その長子八郎・次子小平次及び僕隸
十人と共に八丈島に配流せられたるを以て、秀家の夫人は前田氏に復歸せ...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
鷄群の一鶴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の地位はかくの如く、平時に於いても、戰時に於いても、常に優秀なるものありしかば、
加藤清正・蒲生氏郷・宇喜多秀家等の猛將、皆赤心を傾けてその膝下に雌伏し、世の秀吉
百歳の後に於ける天下の覇者を論ずるものをして、利家...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
利長謀叛の風聞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
十三日には夙くも加賀小松の城主丹羽長重に命ずるに先鋒の任を以てせり。時に利長は越
中に在りしが、備前侯宇喜多秀家の急使至りて、家康の將に討伐の師を發せんとすること
を報じたりき。秀家は利長の異母妹豪姫の夫なり。利長...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
慶長役前の利長
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
玄以・増田長盛・長束正家等、家康が專横の罪を鳴らし、諸侯に檄して彼を討たんことを
勸め、同日毛利輝元・宇喜多秀家も亦書を利長等に與へて、秀頼擁護の爲に家康征討の軍
に加らんことを請へり。態申入候。去年已來内府被レ背...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
政重の流浪
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の乳母子岡部莊八を斬り、伊勢に遁れて正木左兵衞といひ、幾くもなく京師に行きて大谷
吉隆に仕へ、四年更に宇喜多秀家の臣となりて祿二萬石を食み、五年西軍に從ひて伏見及
び關ヶ原に戰ひ、その敗るゝに及びて近江の堅田に隱棲...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
利長基督教に好意を有す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
づるものなるが故に、生前洗禮を受くるの利なることを以てせしに、その中先に秀吉の養
女となり、三國の領主宇喜多秀家に嫁せる一婦人は、遂にその二子及び多數の僕婢と共に
信徒となれり。さればその母も亦洗禮を受けんとせしこ...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
利長外教禁止令を傳ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
に對し、密かに此の地に止りて殘餘の教徒を慰籍せんことを囑し、之に關する方法を示し
たりき。宇喜多久閑は宇喜多秀家の夫人豪姫が金澤に歸りしとき伴ひ來りたるものなり。
而して宣教師といふは、三壺記に『金澤甚右衞門坂の下...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
室 直清
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
を孫三郎といふ。尼子晴久の微臣たりしが、永祿十年五月美作高田にて戰死し、祖父孫三
郎亦尼子氏に仕へ、後宇喜多秀家の祿を食み、關ヶ原役後浪人となり、寛永七年十月備中
に歿せり。父玄卜その後を承け、寛永十六年大坂に移り...
第三章 學事宗教 第五節 國學(下)
澤橋兵太夫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
澤橋兵太夫は宇喜多秀家の長子八郎の乳母の子なり。成童にして書を讀み、和歌を詠じ、
頴悟衆に異なり。前田利常二百石を以て之を召...
第三章 學事宗教 第五節 國學(下)
脇田直賢
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
脇田直賢、朝鮮の人金時省の子にして如鐵と號す。文祿の役、宇喜多秀家之を擒にして歸
る、時に年七歳。秀家の夫人前田氏之を憐み、その母たる利家夫人に送りて養育を託せり
。長ず...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
日經
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
御寺之内也。諸願奧印經王寺にて相濟。]于レ玆慶長之比、太守之姫君(マヽ)玉泉院と
申あり。[予案ずるに宇喜多秀家公室の誤ならん乎。]本覺寺御信仰にて常々御參詣あり
し處に、彼館より遠路なるが故に近き處へ可二シ引移一...