石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊の女婿横山康玄
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
吾人はこゝに高山南坊の姻戚たりし横山氏に就きて、若干の研究を爲さゞるべからず。先
づ南坊の女壻たりしは長知の子康玄にして、その父長知にあらざることは前に之を言へる
が如く、横山氏の系譜にも、長知の...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ゝ能はざるものあり。終に家康の軍職を秀忠に讓りて、家門の基礎全く確立するを見るに
及びて、己も亦秀忠の女婿たる弟利常を藩主たらしめ、秀頼が賢君たるの資を備ふるに拘
らず、女子と小人との頻に策を失ふを憫み、積年...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
佐々成政の利家陷擠説
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
舊あるを以て、彼をして長頼に謂はしむるに、成政の後を嗣がしむべき男兒なきが故に、
利家の子又若を養ひて女婿たらしむるの意あることを以てせしめき。長頼聞きて之を利家
に告げしに、利家も亦異議なしとの意を漏らせり...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
佐々氏側の配備
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
以て遙かに七尾城に對せしめ、神保安藝守氏張の家司袋井隼人を置き、守山城には氏張及
びその子にして成政の女壻たる清十郎氏興あり。而して成政は、自ら富山城に居りて四方
に命令せり。...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
横山氏の家系
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
南坊の女壻を以て長知なりと誤れるものは、延きて長知によりて採用せられたる丸内卍の
家紋が、久留子紋の一種なりと考...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
豐臣民の援を求めたる時期
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
して病を懷き、軍旅の間に馳驅する能はず。况や既に致仕して手兵幾くも存することなく
、當主利常も亦將軍の女壻たるが故に、その心事必ずしも測る可からずと應へたりといへ
り。この事或は信じ得べしといへども、尚之を證...
第二章 加賀藩治創始期 第九節 金澤城及び城下
金澤の名稱と芋掘藤五郎
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
して艷なり。名を和五と呼ぶ。破瓜の年に至れば、右近其の壻を擇むに、一夜觀世音夢裡
に示現して宣ふ。汝が女壻となる者は、加州の芋掘藤五郎なりと。右近夫婦即ち佛告に隨
ひ、巨萬の財寳を從者に荷據せしめ、和五を携へ...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
本多政重の深慮
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の女を上らざる理由の二なり。且つ臣の女は、之を本願寺の家宰粟津大進に嫁せしめんと
欲す。大進にして臣の女壻とならば、藩内一向宗の門徒たるもの誰か我が主君の命に服せ
ざるものあらんや。これ臣の女を上らざる理由の...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
光高東照宮を祀る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
大權現をその居城に勸請せんと欲すと。その厚志多とすべく、その崇敬の念亦深しといふ
べし。思ふに卿は余の女壻にして、余の家と姻戚たるが故に、宜しく大權現の威靈により
て領國を鎭撫すべしと。光高拜謝して退きしが、...
第三章 加賀藩治恢弘期 第一節 三藩鼎立
綱紀の誕生
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
旅行極めて怱忙、前後僅かに七日にして二十八日江戸に達し、尋いで府城に登りて將軍に
謁せしに、家光はその女壻の健在なるを見て大に喜べり。...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の退隱
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
しを以て、四月二十六日綱紀は書を上りて骸骨を乞ひ、五月九日その許可を得たり。この
日將軍吉宗は、綱紀の女壻鳥取侯池田吉泰及び世子吉徳を召し、吉徳をしてその封を襲が
しめ、且つ賜ふに優旨を以てせり。吉徳は先に利...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齊廣の幕府に對する要望
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
齊泰の藩侯となるや、將軍家齊これを以て己の女婿たらしめんとの意あり。則ち老中水野
出羽守忠成を遣はしてその事を齋廣に告げしめ、且つ嫁娶の約定らば藩の...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
齊泰と能樂
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
齊泰は徳川時代の末に國持大名の筆頭となり、十一代將軍の女壻として榮華を一身に集め
得たる人なり。されば一面には父祖の遺風に倣ひ、一面には江戸文化爛熟の氣に狎れて...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
本多家臣の綏撫
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ぜんも測るべからずとなし、石川・河北の二城門を鎖し一切の出入を停めて警戒を嚴にせ
り。是より先、政均の女壻にして一等上士たる長九郎左衞門成連は既に登城してその室に
在りしを以て、慶寧はこれを召して政均横死の顚...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
奧村庸禮
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
て十六境あり。舜水爲に徳始堂及び敬彊齋の記を作る。庸禮年五十の時、適于役して江都
に在り。その子悳輝・女婿古市務本等相謀りて爲に壽宴を設け、弘文學士院林鵞峰・林鳳
岡・林晋軒・林欑・人見竹洞・狛庸・木下順庵・...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
古市務本
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
古市務本は胤重の子なり。字は季敬、奧村庸禮の女壻にして、悳輝の姉の夫なり。その書
齋を典學と號す。務本朱舜水に從學するを以て、舜水爲にその樓の記を作り...
第三章 學事宗教 第八節 科學
樫田玄覺
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
、初め小境氏に養はれたる時玄覺を生めり。是を以て玄覺は幼名を小境萬太夫といひしが
、後に藩醫樫田道覺の女壻となる。玄覺聰明強記、二十五歳にして京師に遊び、醫經七部
の書を堀元厚に、本草學を松岡玄達及び津島常之...
第五章 殖産製造 第八節 雜業
小松製茶法の改良
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
五郎といふ者あり。初め大聖寺に在りしが、嘉永五年串茶屋村駒榮九右衞門の家に來り、
次いで須天村米谷氏の女壻となる。磯五郎信樂風の製茶を能くしたりしが、文久元年その
法を一般當業者に教授せんと欲し、上江村九郎平...