石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
利長基督教に好意を有す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
南坊・徳庵等を臣僚としたる利長は、亦基督教に謝して好意を有し、己はその信者たらざ
りしも、毫も彼等の傳道を妨害することなく、寧ろ之を助長せしむる...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
西教史上の重要人物
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
天文十八年フランシスコ・ザビエルに依りて傳へられたる基督教は、非常の速力を以て我
が國内に傳播し、殊に織田信長の保護奬勵を得て益盛大に赴きしが、天正十五年突如と...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊領土を沒收せらる
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
天正十五年秀吉九州を征す。時に南坊は播磨國明石の城主たりしが、又その軍に從ひ、
督教の諸大名と共に十字旗を陣頭に飜して大に勇名を顯せり。然るにこの役、偶秀吉は
督教の禁止を令し、伴天連...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
徳川家康の基督教禁令
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
基督教が此の如く枯木再び花咲かんとせし際、徳川家康は葡萄牙・西班牙兩國人が、教義
の傳道によりて人心を蠱惑し...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
ハビアンの病症と後半生
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
耶蘇會學林にて編纂出版せし國譯羅馬字本平家物語拔書編者のフカン・フワビアン、慶長
十年妙貞問答を著して基督教の大意を述べたる不干齋巴鼻庵、同十一年林道春がその弟信
澄と共に、松永貞徳の紹介により訪問して議論を交...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
高山南坊
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
子。初め織田信長の荒木村重を降さんとするや、彼は先づその羽翼たる南坊を招致するを
得策なりとし、南坊が基督教徒なるを以て、天正六年十一月その尊信する伴天連オルガン
チノ・ソルディーをして之に説かしむるに、彼にし...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊途に前田氏に仕ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是より先、伴天連オルガンチノも亦遁れてこの地に在りしが、行長は腹心の臣屬に命じて
島嶼卯を守備せしめ、基督教徒に非ざるものゝ之に近づくを禁じたりき。小豆島に於ける
南坊は、專ら祈禱と默想とに居諸を送り、その熱烈...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
加賀能登二國の基督教
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
この時代に於ける加賀・能登兩國基督教の状況は、之を契利斯督記に徴して略明らかにす
べし。吉利支丹寺日本に有レ之候所々は、長崎・大村(中略)...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
横山氏の家紋
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
)にして、啻り印度に於いてのみならず、歐洲諸國に在りても亦遠く史前時代より幸福の
象徴として用ひられ、基督教の久留子と何等交渉するものにあらず。而して塞縳悉底迦以
外、我が國別に久留子より變化せる卍ありとするは...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
基督教徒の遺蘗
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
先に南坊・徳庵等の追放せられたる後改宗したるもの素より多かりしならんも、前田氏の
政策は極端なる壓迫を基督教徒の上に加ふることなかりしを以て、信仰の鞏固なるものに
ありては依然として之を遵奉し、京都に潛匿せる宣...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
外教禁令を惡用したる誣告
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
基督教徒の嚴禁せらるゝや、法規を惡用して無辜を陷るゝものありて、津田勘兵衞重次の
如きは實にこの奇禍に罹りた...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
幕府の禁令益嚴を加ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
にして沿岸の警備に當りしもの、船中に臨檢して伴天連四人を獲たり。是に於いて幕府は
、復普く天下に令して基督教徒を探らしめ、苟くも遺蘗なからしむるを期したりき。加賀
藩に在りては、先に南坊・孫左衞門等を出したるを...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
根幹を掘り枝葉を芟る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
幕府は上述の如く、苟くも基督教と關係ある如く考へらるゝ者は、根幹を掘り枝葉を芟り
て之を絶滅せしめんと欲し、風聲鶴唳にも尚戰々兢々た...
石川縣史 目次
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
越中平定八〇頁第三節前田利家の晩年一〇四頁第四節大聖寺淺井畷二役一三七頁第五節三
國統一一七〇頁第六節基督教の傳播二〇六頁第七節大坂兩陣二三六頁第八節社稷の危殆二
六八頁第九節金澤城及び城下二八八頁第十節社會種...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
ハビアン
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
療を行ひたりと傳へらる。惠俊は一に惠春にも作り、その經歴の珍とすべきは、彼が佛家
より出でゝ最も早期の基督教傳道者となりたる點に在りとす。生國加賀國の禪僧惠俊と云
者成しが、癩病を煩、形ち見苦敷、人交りも難レ成...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊等の金澤出發
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
り。思ふに南坊は、利家の遺誡中に『高山南坊世上をもせず、我等一人を守り律義者』と
言はれたる人。必ずや基督教的好紳士なりしなるべし。
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊の女婿横山康玄
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
臣横山山城守長知が妻なり。』といへる如きは全く誤謬なり。且つ康玄が、その岳父若し
くは妻の感化によりて基督教徒となりたりしや否やは固より明らかならず。コリンに據れ
ば、康玄も亦信徒たりしを以て、その妻が父と共に...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
南坊の心事
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
その信仰を固執せんが爲に、遂に波濤萬里を超えたる異境に配流せらるゝに至りたりしが
、かくても尚彼はその基督教信者たることに對して天恩を感謝したりしか、或は謬りて異
教を奉せしが爲にその大身たる地位を失ふに至りし...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
内藤好次の歸朝説
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
或は曰く、徳庵の子好次、後密かに歸朝して金澤に住し、内藤休甫と號したりしが、寛永
二十年幕府が再び基督教の禁令を嚴にするや、江戸に行きて按檢を得、正保二年新たに廩
米十口を食みて羽咋郡荻谷村に住し、延寳元年...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
切支丹禁制の牓示
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
基督教徒が慶長十八年を以て檢擧せられたる後、幕府は屢法令を發布して、その復活を防
止し、各藩に在りては、高札...