石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の死因
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
大槻事件の記述を終るに臨み、また吉徳の卒去に關して聊か研究する所あらざるべからず
。これ稗史の類に在りては、吉徳の江戸より歸藩するに際し、...
第四章 加賀藩治停頓期 第二節 財政逼迫
吉徳時代の財政
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
が既に窮乏に陷りたるに拘らず、府庫の收支は尚常態を失はざりしこと、之を先に述べた
るが如し。されば次代吉徳の時、享保十六年七月幕府が金十五萬兩を加賀藩より借らんこ
とを求めたる際にも、容易に之に應ずることを得...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の退隱
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
は書を上りて骸骨を乞ひ、五月九日その許可を得たり。この日將軍吉宗は、綱紀の女壻鳥
取侯池田吉泰及び世子吉徳を召し、吉徳をしてその封を襲がしめ、且つ賜ふに優旨を以て
せり。吉徳は先に利興といひしものにして、この...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田吉徳の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
前田吉徳は第五世綱紀の嫡男にして、元祿三年八月八日江戸に生まる。母は藩士三田村氏
の女預玄院。吉徳は童名を勝次...
緒言
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
極盛極治實に前後に類を絶せり。而も絶巓に攀ぢたる時は、即ち谿壑に降るの時たるを思
はざるべからず。次世吉徳の時、財政漸く紊亂に赴きたるもの、時代の推移に伴ひたる生
活の向上と政務の激増とに因れりといへども、亦...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
綱紀の薨去
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
邸に遣はして綱紀の病を問ひ、五日藤堂伊豆守良端をして重ねて來邸して魚を贈らしめし
が、此の日綱紀は今侯吉徳を招きて身後の計を語り、九日午下溘焉として薨ぜり。相公(
綱紀)樣御客體等之大綱は、第一、五ヶ年前參勤...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
大槻朝元の一大疑獄
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
も、その弊の赴く所は簡朴を忘れて煩瑣に傾き、財政上爲に缺陷を生じたる跡なしとすべ
からず。是を以て藩侯吉徳の時最も焦眉の急を要したりしは、世襲の大身巨室以外に財政
整理の任に堪ふべき材能を擧用するにありしが、...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の臨邸
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
組に列し、新知百三十石を賜ふ。當時朝元は仙石町に邸地を賜ひて新居を構へたりしもの
ゝ如く、翌十三年五月吉徳が郊外泉野に放鷹したる歸路朝元の家に憩ひしことあり。これ
恐らくはその邸宅の新たに成りしを見んが爲なり...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元三たび婚す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
と婚を通ずるに至りたる朝元の勢力が如何に盛なりしかを推知すべし。然るにこの新妻は
、元文元年三月十一日吉徳が朝元の邸に臨みし日、その夫と爭論し庭前の池水に投身を企
てしことあり。是を以て朝元は之を離婚し、更に...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元の處罰
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
延享二年六月吉徳卒して世子宗辰嗣ぎしが、八月三日朝元の藩侯近侍の職を罷めて表向に
勤務せしめ、九月七日には村田半助金澤...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
直躬四たび上書す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
延享二年六月吉徳の卒後僅かに數日にして、直躬は四たび在江戸の宗辰に上書せり。曰く
、朝元先侯の病に侍して頗る禮を缺けり...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
眞如院
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
稗史小説の大槻騷動に於いて、大槻朝元の副主人公たるものは吉徳の側室眞如院なり。さ
れば今少しく之に就きて述べざるべからず。眞如院は、江戸芝神明の社人鏑木内膳の女に...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
吉徳の歸城と病症
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
滯、御快氣も被レ遊たる上には如何可レ被二仰付一旨難レ計程の御事侍、』と記せるを以
て知るべし。然れども吉徳が這次の歸國は、同年四月廿一日に江戸を發し、越後に至りて
豪雨洪水に會したりしが故に、五月廿六日金澤に...
第四章 加賀藩治停頓期 第二節 財政逼迫
寳暦の大火災と財政難
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七兵衞、出羽町等燒失。夫より火口は上下にわかれ、一口は奧村中務へもえ付き、夫より
新御殿と申て喜六郎(吉徳七男)樣御住所御殿燒失。其まゝ揚地御殿等も燒失して、材木
町へ右の火やけ出ぬ。喜六郎樣にも二之御丸へ御...
第四章 加賀藩治停頓期 第五節 社會種々相
吉徳と能樂
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
として能樂の翫賞せられしこと前代に優るものあり。而してその演技中最も規模の大なり
しものを享保十年藩侯吉徳の入國儀式能とし、九月廿八日・十月朔日・四日・六日・十五
日・廿一日の六回に亙りて行はれ、毎日翁立たり...
第三章 學事宗教 第三節 漢學(下)
前田吉徳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
前田綱紀に次ぎて藩侯たりしを吉徳となす。吉徳寛厚にして能く士を禮し、傍ら繪畫を嗜
めり。葢し父綱紀が碩學老儒を招聘し、學術を奬勵したり...
第四章 美術工藝 第三節 描金
五十嵐喜三郎系
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
。五十嵐喜三郎喜三郎儀、道甫存命之内養子に罷成候處、蒔繪御用被二仰付一相勤罷在候
。其後護國院樣(前田吉徳)御代、江戸御參勤御土産等蒔繪御用被二仰付一相勤罷在候所
、元文四年七月病死仕候。五十嵐宗兵衞宗兵衞儀...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元の出仕
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
き。之を以て長兵衞の室中村氏(光凉院)は朝元の養母たり。享保元年七月藩侯綱紀の時
、初めて召されて世子吉徳の御居間坊主となり名を朝元と稱し、二人扶持金二兩を賜ふ。
これ御坊主を職とするものゝ常俸なり。同八年五...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田直躬と朝元
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
これを用ひ得べき範圍は軍裝に限らるゝの例なりしによる。然るに直躬は己の意を貫徹せ
んが爲、四月中旬藩侯吉徳に請ひて、新たに梅鉢紋章を用ふるの許可を得、武具馬具諸器
皆之を附したりしかば、重臣等侯を諫めて前の命...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
診療に從事せる人々
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
吉徳の診療は藩醫池田玄眞・林玄潤・南保玄伯・小宮山了意・中村正伯・佐々伯順・小宮
山全柳・能勢玄達、横山貴...