石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第三章 學事宗教 第一節 學校
卯辰山養生所
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
かくて醫學の研究は、兵學の進歩と相待ちて益旺盛なるに至りしかば、慶應三年七月更に
壯猶館より獨立して卯辰山養生所を設立し、黒川良安・津田淳三・太田美農里・田中信吾
相繼ぎて之が棟取に任ぜられ、學理の研究と共に臨床治...
第三章 學事宗教 第八節 科學
黒川良安
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
調所教授手傳となりて藩より五十石を加増せられ、文久三年軍艦御用を兼ね、慶應元年種
痘所棟取に任じ、三年卯辰山養生所主附として又五十石を増さる。明治元年良安再び長崎
に至る。これその子誠一郎をして佛國に留學せしめんが爲...
第三章 學事宗教 第八節 科學
津田淳三
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
從ひたりき。既にして名聲漸く顯れ、加賀侯の侍醫に聘せられて二十人扶持を賜ひ、慶應
三年黒川良安に代りて卯辰山養生所頭取となりて、病者を治療し生徒に教授し、戊辰の役
長岡に赴きて醫務に參し、明治三年金澤醫學館の教師とな...
第三章 學事宗教 第八節 科學
太田美農里
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受けて蘭書飜譯校正方となり、文久二年軍艦方御用を兼ね、慶應二年壯猶館醫學教授を兼
ぬ。明治元年美農里の卯辰山養生所頭取に班するや、率先洋裝して醫界固陋の弊風を刷新
せんことを期し、三年權少屬に任じ金澤醫學館教師となり...