石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
加賀藩の幕府に對する宗門改書上
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
一、切支丹宗門徒、前々無二懈怠一今以相改申候。先年被二仰出一候御法度書の趣彌相守
、能登國之内加賀中納言(前田齊...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
宗門改帳の記載例
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
二御座一候。以上。久津見忠兵衞(町奉行)篠原織部殿永原左京殿赤尾主殿殿坂井與右衞
門殿〔小松舊記〕○轉切支丹樋口忠兵衞忰、本人同前樋口與五左衞門娘さく忰矢田萬六郎
儀、當十一月二十四日、四十四歳に而、萬六郎於レ...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
囑托金の制
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
原の亂の鎭定せる年九月、幕府は初めて囑托金の制を定め、伴天連の訴人に銀二百枚、伊
留滿の訴人に銀百枚、切支丹の訴人に銀五十枚若しくは三十枚を與ふることゝせり。これ
その教徒の遺類、尚逃れて四方に散在するものあら...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
根幹を掘り枝葉を芟る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
く考へらるゝ者は、根幹を掘り枝葉を芟りて之を絶滅せしめんと欲し、風聲鶴唳にも尚戰
々兢々たるが如く、『切支丹宗門之者、今以所々より密々あらはれ捕レ之候。何方にかく
れ有レ之も難レ計候間、家中並領内彌念を入相二改...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
大聖寺藩の切支丹類族
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
於ける基督教傳播の状況が如何なりしかは、今之を詳かにするを得ざるも、大聖寺藩の創
置せられたる後、尚轉切支丹類族として監視を受けたるもの往々にして文献に見ゆ。秘要
雜集に據れば、甚兵衞といふ者元祿八年十月十三日...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
ハビアン
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
元の形と成。依レ之宗門を歸依し、名をはびやんと付、則同宿とす。殊に發明なる故、寺
の執事の第一と成。〔切支丹宗門來朝實記〕○生國加賀の國の者にて、禪家の僧、名を惠
春と號す。此僧癩瘡を病み、身體破れ膿血溢腫、僧...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
ハビアンの病症と後半生
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
往く所を知らずとせるは誤なるべく、諸家の説を綜合するに、天正十三年白鷹居士と宗論
を試みて敗を取れりと切支丹宗門來朝實記に載せられたるハビアン、文祿元年天草の耶蘇
會學林にて編纂出版せし國譯羅馬字本平家物語拔書...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
横山氏の家紋
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
我が國別に久留子より變化せる卍ありとするは、毫も之を妨げずといへども、加賀の横山
氏が之を採用せしは、切支丹信者を妻としたる康玄にあらずして、禪僧を師と憑みし長知
なりしが故に、他の諸氏は今暫く言はず、少くとも...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
内藤好次の歸朝説
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
氏の家傳に於いても並びに之を傳へ、休甫が嘗て知行千七百石を受けたるものなりとする
を見る。思ふに休甫が切支丹類族たりしことは事實なるも、之を以て好次の後身なりとす
るは當らず。好次は慶長七年前田氏に仕へたる時千...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
切支丹禁制の牓示
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
基督教徒が慶長十八年を以て檢擧せられたる後、幕府は屢法令を發布して、その復活を防
止し、各藩に在りては...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
幕府の禁令益嚴を加ふ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
早速可二申上一候。爲二後日一御請状如レ件。二月十六日(正保元年)中川八郎右衞門(
長勝)横山山城守殿〔切支丹一件等古文書〕○不閑と云坊主、幼少の時元和の頃、禪龍寺
の弟子にて學文能致し、春藏主と云。寛永の初め頃...