石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
秀吉の返書
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
二十日の頃を以て領邑越前に歸るべきを記せり。果して此の如くならば加賀藩吏稾に載す
る所の、利家が大森に出征せし間に、長秀兵三千を率ゐ金澤に來りて聲援せりとする説の
、全く誤謬なるを見るべきに非ずや。金右衞門(...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
秀吉の關東征伐と利家利長の從軍
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
伯ありしのみ。秀吉即ち先づ小田原を略せんと欲し、天正十七年十月十日命を諸將に傳へ
、明十八年三月を以て出征の期となせり。是を以て利家は、前田安勝・村井長頼・前田長
種をして尾山城に留守せしめ、二月十日には先鋒...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
利長の出征
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
利長の出軍に決するや、孫四郎利政は弟修理知好をしてその居城七尾を留守せしめ、金澤
に來りて軍事を議せり...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
再度の出軍に對する故障
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
五日利長が在江戸の村井長頼に宛てたる書にも、利政の異義を挾みて能登の兵を動かすを
肯ぜざるが故に、更に出征を遷延せりといへり。然るにこの時家康にありては、大會戰の
期漸く近づき、安危の岐るゝ所眞に間髮を容れざ...
第二章 加賀藩治創始期 第四節 大聖寺淺井畷二役
前田利政の末路
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
共に悲しむべきものゝ一なりき。先に利政は八月の役に出軍し、大聖寺城の攻撃に參加し
たりしも、九月再度の出征に際しては遂に之に從はざりしを以て、戰後家康はその罪を責
めて所領を沒收せり。利政がかくの如く軍役を拒...
第二章 加賀藩治創始期 第七節 大阪兩陣
再度の出陣
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
久を大聖寺に、岡島一吉を高岡に、津田義忠を富山に、三輪吉宗・大井直泰を七尾に置き
、十八日金澤を發して出征の途に上れり。從軍の將士一萬五千と稱す。二十六日利常軍令
十五條を定めて之を各部隊に別つ。その文前役に...
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
藩軍出征と長藩の歸順
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
既にして十一月廿五日、長連恭は出陣の日將に近きにあるを以て、參内して天機を奉伺し
たりしに、孝明天皇は...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
加賀藩の先發部隊
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
郎、炮隊物頭水上喜八郎、横目高橋往來、使役成田外畿助等を越中泊驛に向かはしめき。
是より後加賀藩が順次出征せしめし所のもの、將校・士卒一千七百四十四人、監察・軍吏
等九百五十三人、使丁・從僕・役夫四千六百餘人...
第五章 加賀藩治終末期 第七節 北越戰爭
加賀藩の兵數
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かくて叛亂全く鎭定したりしを以て、東征總督府は二十九日令を發し、諸藩の兵出征の前
後を以て順次本國に凱旋すべきを命じたりしが、この時加賀藩兵の各地に屯するもの、津
田玄蕃の手兵百九...