石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
眞如院
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
稗史小説の大槻騷動に於いて、大槻朝元の副主人公たるものは吉徳の側室眞如院なり。さ
れば今少しく之に就きて述べざるべからず。眞如院は、江戸芝神明の社人鏑木内膳の女に
して名...
第二章 加賀藩治創始期 第二節 越中平定
加賀殿
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
正十一年勝家の滅亡に際し、その乳母擾亂の隙を窺ひ、共に遁れ歸りたるなり。摩阿姫今
年齡十四、後秀吉之を側室とす。加賀殿と稱せられしもの即ち是なりと。然れども秀吉が
十三年閏八月摩阿姫を携へ歸りたりとするものは...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
秀吉渡海を聲言す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
しめき。これ當時秀吉が、再び來年三月を以て渡海して征明の事に從はんと聲言したるが
爲なり。隨ひて秀吉の側室にして利家の女たりし加賀殿に與へたる書簡の十二月廿六日附
なるものあるも、亦恐らくはこの年(文祿元)に...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
利長夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
利長の夫人は、織田信長の第四女にして、豐臣秀吉の側室淀君及び徳川秀忠の夫人崇源院
に對し從姉たり。天正九年十二月越前府中に入輿し、利長の薨ずるに及び剃髮し...
第三章 加賀藩治恢弘期 第二節 前田利常の監國
利常の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
利常は利家の第四子にして、母は小幡氏、壽福院と號す。小幡氏は初め利家夫人の侍女た
りしが、次いで側室となり、於千世又は東丸殿と呼ばれき。文祿元年秀吉征明の軍を起し
、肥前名護屋に行營を定めしとき、利家往...
第五章 加賀藩治終末期 第八節 本多政均の遭難
暗殺者に傀儡師なきか
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
しとすれども、石黒圭三郎が岡野外龜四郎より聞きたりとして傳ふる所は之と異にして、
この陰謀は第一に慶寧側室の兄久徳傳兵衞の賛成を得、保守黨たる執政前田直信及び舊と
家老たりし青山將監悳次二人もまた共に善後の事...
第六章 大聖寺藩治一斑
利章の晩年
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
四十七を以て領邑に卒す。諡して正智院といひ、實性院に葬る。未だ正妻を娶らざりしを
以て、その子女は悉く側室より出でたり。今般歸府に付而大抵心得之儀、備後守(利章)
え以二紙面一申聞候。然者頃年勝手方不如意候故...
第三章 學事宗教 第十節 佛教
三衣問題
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
亡を防ぐが爲嚴に盜賊改方奉行に命じて監視せしめたりき。洞門は幾くもなく病歿したり
しが、嘗て藩侯齊廣の側室榮操院の葬儀に導師たりしを以て、特に前罪を赦し、天徳院世
代の中に列せしむるを許せり。