石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第六章 大聖寺藩治一斑
大聖寺藩の京都守衞
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
老臣前田主計を江戸に往かしめ、攝津の戍兵を免ぜられんことを請ひしも許されず。因り
て四月九日利鬯は自ら京師に向かひ、老臣佐分儀兵衞以下七百餘人之に從へり。十六日利
鬯洛に入りて南禪寺に寓し、後三日入朝して天盃...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
上下の標的明白となる
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
罷り、容易に出京する能はざりしを以て、十三日在京の藩臣前田孝錫に命を傳へて入朝上
奏せしめて曰く、曩に京師の騷擾せしに際し、朝廷弊藩主慶寧の上洛を命じ給へりといへ
ども、偶疾によりて發する能はざりしを以て重臣...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
齊泰の在京任務終る
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
京師に留守せる齋泰は、四月五日大坂の行宮に詣りて天機を奉伺し、八日後京師に還れり
。この日軍事總督仁和寺宮...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
在藩在京同志の通信
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
初め不破富太郎等の慶寧に從ひて京師に赴くや、同志の金澤に在る者より藩情を得んと欲
したりき。然るに福岡文平は讒陷を恐れて深く自重し、僅か...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰の善後策
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
いで二十四日信また到り、慶寧の病大に漸み殆ど人事を辨せざるに至りしを以て、左右の
者相謀り將士を留めて京師を守らしめ、慶寧を扶けて退きたることを告げたりき。思ふに
慶寧が京師守衞の重任を奉じ、當に身を致すべき...
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
齊泰の幕府に提出したる願書
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
心底之處委曲申含出府爲レ仕候間、同人より巨細可二申上一、御聞取可レ被レ下候。且筑
前守え被二仰付置一候京師御守衞之儀、御免被二仰付一候樣之御沙汰御座候而は、武門之
道も難二相立一、諸藩に對し面目を失ひ深心痛仕...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
前田慶寧の譴責解除と襲封
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
し理由が禁闕の守護を全くせざりしにあるが故に、二十九日書を以て朝廷の内意を窺ひた
りき。この書四月十日京師に達せしが、即日朝議してこれを允されたるを以て、將軍家茂
は二十六日齊泰に命じて慶寧の謹愼を解かしめき...
第三章 加賀藩治恢弘期 第四節 極盛極治
直姫と二條吉忠の結婚
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
近接するの結果を來すことはその最も忌む所なりしを以て、諸侯も亦この方針に從ひ、參
覲の途次にありてすら京師の市坊に入らざるを常としたるのみならず、天和三年七月に公
布せる武家諸法度には、『總じて公家と縁邊を結...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰の上洛
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
づ藩士鶴見小十郎を遣はして帝都の事情を探知せしめ、次いで又豐島安三郎・永山平太を
派せり。しかも藩は益京師の事情に精通する人材を必要とするに至りしかば、文久三年正
月十日特に幸三の罪を赦して定番御歩並に登庸し...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
齊泰父子幕府の徴命を辭す
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
是より先將軍家茂は、三月四日入洛したりしが、京師に於ける政情は急變に急變を重ね複
雜に複雜を加へ、四月には孝明天皇男山行幸の事ありしも家茂は之に供奉せ...
第五章 加賀藩治終末期 第五節 征長の役と南越の陣
征長反對第二次建白
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
この後齊泰は、慶應元年五月十一日江戸を發して藩に歸り、閏五月二日更に京師に行きし
が、二十二日將軍も亦入朝し、二十四日京を發して大坂に向かへり。是を以て齊泰は二十
一日また書を...
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
京師の守備に任ず
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、齊泰は召に應じ前田直信を從へて參朝せしに、御前に於いて特旨を蒙り、御餕を賜ひ、
薩摩・阿波二藩と共に京師の留守を命ぜられたりき。勅に曰く、抑京師は列聖山陵の在る
所たるが故に、その警衞を嚴にせざるべからざる...
第六章 大聖寺藩治一斑
元治事變の影響
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
七月十九日長藩の士京師を侵し、禁闕を守衞せる薩會諸藩の兵と戰ひしに、この日加賀藩
の世子慶寧は急に兵を率ゐて大津に退けり。後...
第四章 美術工藝 第九節 鑄工
宮崎氏
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
れば、恐らくはこれなるが如し。某の子に彦九郎あり。諱を義一といひ、後に薙髮して一
艸庵寒雉と號す。嘗て京師に至り、名越昌高に就きて鑵子製造の術を學び、その蘊奧に達
す。後金澤に歸りて藩の御用釜師となり、鑄造す...
第二章 加賀藩治創始期 第一節 末森の戰
可兒才藏
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
とせる竹葉を採りて耳鼻の中に插み、以て驗とせり。是を以て家康彼を呼びて笹の才藏と
いへり。後髮を削りて京師に隱棲し、名を才人と改め、居所を竹葉軒と號す。才藏の子某
世を早くし、その子友庵は醫を業とす。才藏の自...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
秀吉の九洲征討と利長の從軍
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
勝、七尾城に前田良繼及び高畠定吉、守山に前田長種、増山に中川光重を置きて留守せし
め、その子利長と共に京師に赴き、十五年二月二十日利長は兵三千を率ゐて先づ九州征討
の途に上れり。利家亦從はんと請ひしも、秀吉は...
第二章 加賀藩治創始期 第三節 前田利家の晩年
利家の名護屋出陣
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
月十八日加賀・能登の舵師に命じ、敦賀の倉廩に貯藏したる米穀を豫め九州に輸送せしめ
、同月下旬を以て自ら京師に入る。而して三月朔、秀吉先鋒の將士京師より發せしかば、
利家も亦十六日を以て歩騎八千を率ゐて途に就き...
第二章 加賀藩治創始期 第五節 三國統一
政重の流浪
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
でゝ家康の臣となりしが、慶長二年秀忠の乳母子岡部莊八を斬り、伊勢に遁れて正木左兵
衞といひ、幾くもなく京師に行きて大谷吉隆に仕へ、四年更に宇喜多秀家の臣となりて祿
二萬石を食み、五年西軍に從ひて伏見及び關ヶ原...
第二章 加賀藩治創始期 第六節 基督教の傳播
ハビアン
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、巴比弇又は梅庵の字を假用することあり。ハビアンは素と加賀の産にして、惠俊と稱す
る禪僧なりしが、夙に京師に出で、南蠻寺の伊留滿によりてその痼疾を癒されたるを癒と
し、遂に受洗して布教に從事し、又醫術を學びて...
第五章 加賀藩治終末期 第二節 黒羽織黨及び海防
關澤房清
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
。五年房清又事によりて重譴を蒙り逼塞を命ぜられしが、文久三年宥され、能登に移りて
在番となり、元治元年京師に役せし時恰も蛤御門の事變に會し、禁闕の守備に任じて功あ
りき。これを以て班頭並に進み、復割場奉行を兼...