石川県立図書館/大型絵図・石川県史

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第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
朝元の秩祿増進表
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
並享保十一年十二月廿一日新知百三十石新番組享保十四年閏九月廿四日百石加増二百三十
石組外組享保十五年十二月十五日百五十石加増三百八十石同上享保十七年正月十六月百石
加増四百八十石御大小將組享保十八年七月十八日百石加...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
眞如院の死亡
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
ることゝせり。而も當時眞如院の病重くして居を移す能はず、舊の如く金谷殿の廣式縮所
に置きしに、寛延二年二月十五日四十三歳を以て死せり。これ長瀬五郎右衞門が諭して縊
死せしめしなり。今の尾山神社の北方に、藩政の頃一桐...
第二章 儀式慣習 第一節 典禮
二月十五日
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
二月十五日、頭分以上の出仕例の如し。
第二章 儀式慣習 第一節 典禮
二月十五日
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
二月十五日、出仕例の如し。
第三章 加賀藩治恢弘期 第五節 浦野事件
長連頼藩侯の裁斷を仰ぐ
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
乃ち事體の甚だ重大にして自ら處理するの不可なるべきを思ひ、孫右衞門の罪状を數へた
る覺書を作製して、閏二月十五日之を藩の老臣に提出し、その評議によりて藩侯の裁斷を
仰がんことを請へり。
第三章 加賀藩治恢弘期 第五節 浦野事件
長連頼の訴状
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
、私存候樣被二仰付一被レ下候者、有難忝可レ奉レ存候。何も於二御預一者、跡々仕廻拙
者可二申付一候事。後二月十五日(寛文七年)長九郎左衞門在判本多安房守殿横山左衞門
殿前田對馬殿奧村因幡殿今枝民部殿〔長家後證筥雜記〕
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田重凞の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
芝神明の社人鏑木氏の女心鏡院。重凞童名を龜次郎といひ、元文五年十二月二十一日諱を
利安と稱す。寛保三年二月十五日初めて將軍吉宗に謁し、十二月二十一日從五位下但馬守
に叙任す。延享二年五月六日初めて國に就き、三年十二...
第四章 加賀藩治停頓期 第一節 大槻騷動
前田重教の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
少將兼加賀守に叙任し、將軍の偏諱を賜はりて重基と改む。五年十二月十八日左近衞權中
將に進み、明和二年十二月十五日更に諱を重教と改め、八年四月廿三日請ひて致仕を許さ
れ、封を弟治脩に讓り、同月二十七日肥前守と改め、天...
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
善藏の遺書
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
八日於二金谷御殿一、中村萬右衞門を脇刺を以突伏候處、萬右衞門右手疵に而依二相果候
一、切腹被二仰付一。二月十五日(安永九年)〔高田善藏一件〕
第四章 加賀藩治停頓期 第三節 風教作振
善藏の切腹
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
卷未來記、竹田市三郎筆。但高田善藏安永九年二月八日中村萬右衞門を突伏候趣書記有レ
之由。一幅高田善藏、二月十五日未の刻入滅の場。但大乘寺利尚高入札にて取落候由。右
善藏所持之品は買人せり上、底の拔けた反古籠、穴の廣...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
齊廣の監國
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
の方針の常に移風易俗に在りしことは尚初の如くなりき。即ち文政六年には大に藩士の就
學を奬勵せんと欲し、二月十五日教諭を發して日く、近時青年の輩にして文學校に學ぶも
の漸く多きを加へたるは喜ぶべしといへども、人持・頭...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
治脩の略歴
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
賀守に任じ、將軍家治の偏諱を賜ひて治脩と改む。安永元年十二月十八日治脩左近衞權中
將に轉じ、寛政四年十二月十五日參議に進みしが、享和二年三月九日致仕し、同月十一日
肥前守となり、文化七年正月七日享年六十六歳を以て金...
第四章 加賀藩治停頓期 第四節 教諭政治
治脩夫人
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
聖寺侯前田利道の女にして、初名を俊といひ、後に正と改め、又正(マサ)と改む。明和八
年婚約し、天明五年二月十五日金澤に移り、寛政十一年四月江戸に往き、二十八日婚儀を
擧げ、文政二年九月晦日享年五十六歳を以て歿し、十...
第五章 加賀藩治終末期 第二節 黒羽織黨及び海防
米艦の警備
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兵を配置し、十九日芝浦に轉じ、廿八日村縫殿右衞門陳正に命じて兵五百五十餘人を率ゐ
芝増上寺に屯せしめ、二月十五日山崎小右衞門籍知の隊をして陳正に代らしめしが、廿八
日江戸の戒嚴を解きたるを以て、籍知も亦罷め歸れり。...
第五章 加賀藩治終末期 第四節 元治の變
碓井治郎左衞門
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
らんと欲して屢信書を往復したりといへども、その外間に漏洩せんことを恐れて多くは之
を燬けり。明治元年十二月十五日歿す。享年六十九。後大正十三年二月十一日その功を追
賞して從五位を贈らる。
第五章 加賀藩治終末期 第六節 藩末の改革
職制の改革
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
次いで十二月十五日、先に行政官より發布せられたる藩治職制に基づき藩の職制を釐革し
たりき。即ち加賀藩の舊制度によれば、重...
第五章 加賀藩治終末期 第九節 版籍奉還
前田齊泰の略傳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
。次いで天保二年十二月朔日參議に任じ、中將・加賀守を兼ね、十年十二月朔日從三位に
叙せられ、安政二年十二月十五日權中納言に陞り、元治元年五月十三日正三位となり、慶
應二年四月四日致仕せり。廢藩の後明治四年九月東京に...
第五章 加賀藩治終末期 第九節 版籍奉還
前田慶寧の略傳
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
まる。母は徳川家齊の女景徳院。慶寧幼名を犬千代といひしが、十二年十二月朔日又左衞
門利住と稱し、十三年二月十五日初めて將軍家慶に謁し、同年二月二十二日柳營に首服を
加へ、正四位下左近衞權少將兼筑前守に叙任し、偏諱を...
第六章 大聖寺藩治一斑
利治の入部
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第二編
寛永十一年十二月十五日利治從四位下に叙し、飛騨守に任ぜられ、松平氏を冐すことを許
さる。是を以て子孫奕葉皆松平氏を稱す。十六...
第二章 儀式慣習 第二節 風俗
涅槃會
石川県立図書館/大型絵図・石川県史    石川県史 第三編
二月十五日を涅槃會となす。一向宗以外の寺院に在りては、涅槃の畫像を掛けて供養し、
佛舍利に擬したる五彩の團子を作...