弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (二)天明の飢饉
有史以来最大級の大量死
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
)に起こった天明の飢饉は、近世日本において最大の被害を出した飢饉であった。とりわ
け北奥諸藩では大量の餓死者を出し、「明治維新前では戦乱や他の自然災害を含め、日本
列島上における有史以来最大級の大量死であった」...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (一)宝暦の飢饉
寛延の飢饉
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
続いた。寛延の場合は同じ青森県域の八戸藩では俗に「猪飢渇(いのししけがじ)」と呼ば
れ、約三〇〇〇人の餓死者を出した(『天明卯辰梁』)。「猪飢渇」とは猪の大量発生によ
り畑作物が食い荒らされたことによって引き起...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (二)天明の飢饉
飢饉のその後
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
卯辰日記』)。ともかくも人々は飢饉の恐怖から逃れ、一息つき始めたのである。七月二
十四日に降った大雨は餓死者の汚穢(おえ)を洗い流し、人々は「飢饉流し雨」と呼んだと
いう(同前)。図125.天明卯辰日記藩は城下...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第3章 幕藩体制の確立 第二節 土地制度の確立と前期農政の展開 四 元禄飢饉と農政の転換
窮民対策
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
月十日ころから、人々は蕨(わらび)の根を掘って飢えをしのぎ(同前No.八五五)、さらに
、この月末には餓死者が出るようになっており(「平山日記」)、十月から十二月までに三
万人の餓死者が出たという(資料近世1N...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第四節 天保の飢饉と藩政 一 天保の飢饉と農村 (一)天保の飢饉
天保の飢饉の特徴
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
て、天明三年のような悲劇は避けられた。しかし、後半には相次ぐ不作によって藩の対策
も息切れがし、ついに餓死者を出したというのが大まかな特徴である。飢饉の死者は『記
類』下によると天保三年から九年までの七年間で三...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (一)宝暦の飢饉
[[宝暦の飢饉]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
の凶作は全国的な飢饉となり、特に国元では寛延二年の凶作を上まわり、元禄以来の大凶
作になったが、領内で餓死者は出なかった。つまるところ政治がよかったからだと、人々
はありがたく思った」と述べられているとおり、元...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (一)宝暦の飢饉
宝暦の飢饉
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
ろうが、人口は一年間で二万人もの減少になっている。他の北奥諸藩でも同様で、盛岡藩
では四万九四九五人の餓死者(「篤焉家訓」による。ほかに遠野通一一五一人)、仙台藩で
は全体で二万人程度の餓死者(『宮城県史』二二...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第3章 幕藩体制の確立 第一節 確立期における藩政の動向 四 元禄九年の家臣召し放ちと支配機構の再編
元禄の大飢饉と家臣召し放ち
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
作は、従来貯蔵していた米穀を売り払ってしまうという藩の失政も手伝って大飢饉を引き
起こし、領内で多数の餓死者を出した(その被害状況や飢饉に対する藩政の対応について
は、別項において改めて触れる)。この飢饉は領民...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第3章 幕藩体制の確立 第二節 土地制度の確立と前期農政の展開 四 元禄飢饉と農政の転換
樋口善兵衛の報告書
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
、しかも、米価が高騰する端境期に米を売り払ってしまった藩の判断が、領内の米払底を
もたらし、八月末には餓死者を出すような飢饉状態を招くことになったという(菊池勇夫
『近世の飢饉』一九九七年吉川弘文館刊)。こうし...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第3章 幕藩体制の確立 第四節 信政以後の政治動向 三 農村構造の変容~凶作と飢饉
災害の続発とその影響
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
建てて救米の支給などを行ったが、一人一日一合、一ヵ月一〇日分、一〇歳以上の支給に
限定したため、子供の餓死者が増える結果となった。翌年、城下の大圓寺が亡骸を引き取
って寺内に埋め、盆中にその供養を行ったが、その...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (二)天明の飢饉
流民の発生と施行小屋の設置
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
し、藩は大組諸手足軽をいつでも派遣できるよう、警備体制を強化した。施行小屋を管理
する非人らは、一方で餓死者の死体処理などの作業に携わっていた。施行小屋が設置され
た場所も、かつての寛延の飢饉の際、行き倒れの者...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 一 宝暦・天明期の飢饉と農村 (二)天明の飢饉
飢饉の惨状
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
沈められるなど、村の規律を守るためには容赦がなかった。年を越した天明四年(一七八
四)の一月から三月が餓死者のピークで、後潟村・郷沢村・目屋の沢・白沢村(現在の東津
軽郡や西目屋の各村)など、村民が死に絶え「潰...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 二 商品経済の展開と藩財政の窮乏 (二)知行借り上げと蔵入り
天明期の借り上げと寛政期までの状況
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
先されたことはいうまでもない。藩士への禄米の確保は最優先として進められた。『天明
卯辰日記』によると、餓死者がピークを迎えた天明四年閏正月に、二〇〇〇石を用立てる
よう弘前の蔵持ちの商人に厳命し、万一違背がある...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第一節 藩体制の動揺 三 乳井貢の登用と宝暦改革 (一)乳井貢と改革の思想的背景
乳井の略歴
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
ほうご)の凶作」、すなわち宝暦五年(一七五五)、奥羽地方一帯を襲った大飢饉において
も、津軽領内からは餓死者がまったく出なかった、という。宝暦六年(一七五六)、この年
も凶作が続いたが、年貢徴収に功あって藩主信...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第四節 天保の飢饉と藩政 一 天保の飢饉と農村 (一)天保の飢饉
天保四年における藩の対応
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
二〇〇〇人以上が収容され、多くがそのまま死んでいる状況など、惨状を伝えている。そ
の一方で、津軽領では餓死者は一人もなく、「近国にはない仁政」とまでいわれ、津軽に
戻ってきたら平穏で安眠できたと述べている。よっ...
新編弘前市史 通史編2(近世1) 第4章 幕藩体制の動揺と民衆 第四節 天保の飢饉と藩政 一 天保の飢饉と農村 (一)天保の飢饉
天明六年以降の飢饉
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編2(近世1)
も急騰し、十一月には一升当たり一二五匁まで上昇している。藩士の給与は再び面扶持に
なった。新田地方では餓死者はなかったが、東根(ひがしね)(津軽平野南東郡山麓沿いの
地域)の辺りでは死者が多く出ているという伝聞...