弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第二節 石川城跡 四 城館の構造
[[城館の構造]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
なしている。しかも、枡形虎口Fや、屈曲する空堀跡h5、東西の水堀などの施設は、寺山
館が中世末期ないし近世初頭になって築かれたか、大幅に改造されたことをうかがわせる
。推測の域を出ないが、石川城落城の後、ある...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第二節 石川城跡 二 石川城の歴史
(2)戦国時代の「石川城(石川大仏ケ鼻城)」
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
「前代歴譜」『津軽一統志』『館越日記(『永禄日記』一本)』など、近世に書かれた記録
によれば、天文二年(一五三三)ないし文亀二年(一五〇二)、三戸南部安信は、藤崎城主安
東...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第三節 大浦城跡 四 城館の構造
[[城館の構造]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
な長方形の石が、捨てられた状態で散在していた。しかし、虎口Fが大浦城の「大手」だ
ったとしても、それは近世のことで、本来は三の丸の東側の入口が大手ではなかったろう
か。その理由の第一は、曲輪Ⅱ(二の丸)のもう...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第三節 大浦城跡 五 大浦城と「城下」の構造
[[大浦城と「城下」の構造]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
大浦城は戦国大名大浦氏の居城であり、天正十八年(一五九〇)~文禄三年(一五九四)の五
年間は、近世大名津軽氏の領国支配の本拠でもあった。したがって、そこには当然、なん
らかの都市=「城下町」の発達が見...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第四節 堀越城跡 一 堀越城の立地と現状
[[堀越城の立地と現状]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
れ、「政庁」としての機能を果たす大城郭となった。それはまた、豊臣大名として認知さ
れた津軽氏が、自らを近世大名へと成長させてゆくステップでもあった。それゆえ、堀越
城及び堀越城下町の実像の解明は、近世大名津軽...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第四節 堀越城跡 四 城館の構造
[[城館の構造]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
輪ⅡB(三之丸)・曲輪Ⅲ(西の小丸)に相当するもので、『永禄日記』『津軽一統志』『封
内事実秘苑』など近世の記録でも、同様の呼称が使われているが、現在一般には曲輪ⅡA
・Bを合わせて「二の丸」とし、曲輪Ⅲを「...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第六節 乳井茶臼館跡と周辺の城館群 五 乳井地区の城館群と宗教的領域
[[乳井地区の城館群と宗教的領域]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
供僧たちが居住する門前集落「寺内」、さらにかつて地蔵堂・南蔵坊などの堂塔があった
とされる上乳井集落(近世の上乳井村)とを囲むように分布している。これは、こうした霊
場としての乳井の歴史と、乳井氏の宗教領主と...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第二節 石川城跡 五 縄張りからの問題点
[[縄張りからの問題点]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
ある。もう一つの問題は、「寺山館」の性格である。寺山館跡の発達した虎口や堀の造り
方などは、中世末から近世初頭の城館を思わせる。寺山館が中世の時期になんらかの形で
城館として利用されていた可能性は否定できない...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第四節 堀越城跡 五 堀越城下(都市としての堀越)の構造
[[堀越城下(都市としての堀越)の構造]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
た分限図である。この分限図を縮小しつなぎ合わせたものが図34のベースマップだが、こ
の図からは、中世・近世の都市に典型的な「短冊型地割」が、羽州街道に沿って、①曲輪
Ⅳの前川を挾んだ対岸の地区(町Ⅰ)、②曲輪...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第六節 乳井茶臼館跡と周辺の城館群 一 乳井茶臼館の立地と現状
[[乳井茶臼館の立地と現状]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
城と向かい合う場所であり、石川と同様、津軽平野の南の関門をなす。しかも、館の直下
を中世の「奥大道」=近世の「乳井通り」が通過する要衝の地であった。茶臼館のある丘
陵は、「乳井通り」が平野の内部へと入るのを遮...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第六節 乳井茶臼館跡と周辺の城館群 二 乳井茶臼館の歴史
[[乳井茶臼館の歴史]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
文書「奥村立甫家蔵文書」、及び『封内事実秘苑』など)。『津軽一統志』『封内事実秘
苑』『永禄日記』など近世の記録は、いずれも、このとき「秋田の比山勢」が侵入して「
乳井茶臼館」に立てこもったと記す(『永禄日記...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第一節 本章のねらい 二 本章で取り上げる中世城館跡
[[本章で取り上げる中世城館跡]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
軍事機能を合わせ持った政庁型の城館といえる。それゆえまた、これら三つの事例の比較
を通して、戦国時代~近世初めの津軽地方で、政庁型の城館がいかなる発達を遂げたかも
知ることができると思う。一方、④の国吉館は、...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第三節 大浦城跡 二 大浦城の歴史
[[大浦城の歴史]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
本拠地となり、その後も、文禄三年(一五九四)まで津軽氏の本城であった。したがって、
大浦城はこの時期に近世大名津軽氏の本拠として大幅な改造を施されたと思われ、現在見
る遺構は基本的にこの時代のものであろう。ま...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第五節 国吉館跡・坂本館跡と東目屋の城館群 一 東目屋地区の中世城館と領主の歴史
[[東目屋地区の中世城館と領主の歴史]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
。東目屋地区の城館について考える際、注目されるのが「十二人屋形城衆」の伝承である
。十二人屋形城衆とは近世の「関家文書」などに見えるもので、十五世紀半ばの文明年中
(一四六九~八七)、南部氏の家人十二将が津軽...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第4章 弘前地域の金石文 はじめに [[はじめに]]
[[はじめに]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
・宝篋印塔・無縫塔・笠塔婆・磨崖仏・板碑などに刻まれたものがある。もっとも、城下
町弘前が営まれたのは近世初頭のことであり、弘前城築城以前の金石資料の数は少ない。
たとえ残されていたとしても、城下町形成後に他...