弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍

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新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 一 奥羽の建武新政
足利尊氏の離反
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
建武二年(一三三五)十月、天皇親政をスローガンとする建武政府に対する武士の不満を結
集して、足利尊氏(あしかがたかうじ)(写真153)が後醍醐方に公然と反旗をひるがえし、
時代は南北朝の内乱に突入する。...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 三 南北朝期の津軽安藤氏の動向
顕家からの安堵
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
安藤氏の蝦夷沙汰のもつ意味の重要性を顕家が認識していたからだといえよう。この権限
は、かつて北条氏から足利尊氏が受け継ぎ、安藤高季に望んでいたものである。蝦夷沙汰
は、当時、足利尊氏にかわる鎮守府将軍に予定されて...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 序 例言/目次(綱文・史料一覧/出典・典拠一覧) 第一章 綱文・史料一覧 [[第一章 綱文・史料一覧]]
[[第一章 綱文・史料一覧]]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
(一三三四)十二月、伊賀光俊、持寄城での軍忠を報告。…………………………飯野家文書
193●このころ、足利尊氏、闕所地(旧惣地頭北条泰家)の奥州外浜を所領とする。………
…………………比志島文書194●このころ、...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第1章 蝦夷・津軽関係編年史料
[十四世紀]
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
につき降伏した武将の交名。●建武元年(一三三四)十二月、伊賀光俊、持寄城での軍忠を
報告。●このころ、足利尊氏、闕所地(旧惣地頭北条泰家)の奥州外浜を所領とする。●こ
のころ、結城宗広、津軽田舎郡内河辺桜葉郷(旧...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第4章 中世前期 第二節 鎌倉幕府の東夷成敗権と得宗領津軽 八 鎌倉幕府滅亡
鎌倉幕府滅亡と津軽曽我氏
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
元弘三年(一三三三)閏二月の後醍醐天皇の隠岐脱出に始まり、同年五月の足利尊氏による
六波羅陥落と、新田義貞による鎌倉陥落を経て、鎌倉幕府は滅亡した。後醍醐天皇は、同
八月、北畠顕家...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第4章 中世前期 第二節 鎌倉幕府の東夷成敗権と得宗領津軽 八 鎌倉幕府滅亡
一族の分裂
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
安藤氏の勢力の強さを垣間見ることもできよう。また津軽に所領を有していた下総結城氏
の庶流白河氏なども、足利尊氏の入洛以前に早くも千種忠顕(ただあき)に属して六波羅を
攻撃している。鎌倉幕府の現体制が続く限り、庶流...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第4章 中世前期 第二節 鎌倉幕府の東夷成敗権と得宗領津軽 八 鎌倉幕府滅亡
討幕の論功行賞
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
のほかに所領に対する賦課の問題など、いろいろの事情があったのであろうが、翌建武二
年(一三三五)十月、足利尊氏が鎌倉で建武政権に対して公然と反旗をひるがえすと、貞光
も建武政権に見切りをつけ、ただちにそれに呼応し...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 一 奥羽の建武新政
北畠親房の政権構想
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
ており、幕府機構の現実的存在意義を十分に理解していた。鎌倉幕府滅亡後、急速に武士
勢力を吸収しつつある足利尊氏を押さえるために、関東の背後の陸奥国を重視し、奥州武
士の自立を救(たす)けて建武政府側に引きつけよう...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 一 奥羽の建武新政
足利幕府の奥羽支配
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
行(ときゆき)を旗頭に立てる北条氏残党の反乱(いわゆる「中先代(なかせんだい)の乱」)
が勃発すると、足利尊氏は翌月には時行を破って鎌倉に入っていた。建武政権から離反し
た尊氏は、ここで北畠氏の奥州支配奪取を目指...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 二 南北朝期の津軽曽我氏の動向
南北朝の動乱と曽我氏
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
建武三年(延元元年、一三三六)正月、足利尊氏の御教書(みぎょうしょ)を受けた安藤家季
が合戦奉行となると、津軽曽我氏嫡流の貞光(さだみつ)もそれに...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 二 南北朝期の津軽曽我氏の動向
北畠顕家の死
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
顕家は、ようやく足利郡の包囲網を破って再度西上、いわゆる第二次長征を行った。十二
月には利根川の戦いで足利尊氏の嫡子義詮(よしあきら)を破り、ついで鎌倉を攻めて斯波
家長を自害させるなど、またしても耀かしい戦果を...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 二 南北朝期の津軽曽我氏の動向
津軽曽我氏の滅亡
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
観応元年(正平五年、一三五〇)十一月、足利尊氏との確執から弟直義(ただよし)が南朝に
降り、観応の擾乱(じょうらん)が勃発した。これは南朝方立て直し...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 三 南北朝期の津軽安藤氏の動向
蝦夷沙汰職の行方
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
事となった。すでに述べたように、当初それを掌握しようとしたのは、後醍醐天皇から鎮
守府将軍に任ぜられた足利尊氏である。尊氏は、安藤氏の世界である外浜や糠部郡内の北
条泰家遺領を与えられ(史料六五五)、本格的に北奥...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第一節 北辺の南北朝動乱 三 南北朝期の津軽安藤氏の動向
安藤高季の活躍
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
の書状からうかがえる(史料六四一・写真156)。写真156北畠顕家御教書たとえば安藤五郎
二郎家季は、足利尊氏が惣地頭となった外浜について、その実質的支配の強化を目指して
いたらしい。顕家は家季の心中をかなり疑っ...
新編弘前市史 通史編1(古代・中世) 第5章 中世後期 第二節 室町・戦国期の津軽 一 「日の本将軍」安藤氏
日の本将軍と鎮守府将軍
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    通史編1(古代・中世)
るという。そして、この鎮守府将軍については鎌倉期には中断していたが、正慶二年(元
弘三年、一三三三)に足利尊氏が後醍醐天皇から任じられている。その後、外浜・糠部郡
を含む十三ヵ所の北条氏遺領を与えられ、尊氏はこれ...
新編弘前市史 資料編1(古代・中世編) 第3章 弘前地域の中世城館 第四節 堀越城跡 二 堀越城の歴史
(1) 南北朝時代の「堀越楯」
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍    資料編1(古代・中世編)
府=建武政府側に立って奮戦した。しかし、建武新政府の政策に対する不満から、建武二
年(一三三五)十月、足利尊氏が鎌倉で反旗を翻すと、これに応じ、その後は安藤家季とと
もに一貫して津軽足利勢の中心となって活躍した。...