新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第1章 明治前期の弘前 第三節 弘前地方の経済活動 三 殖産興業と士族授産 菊池楯衛とりんご植栽 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
く)のサナシが台木に適していることを見出し推奨したことから、苗木の価格低下と普及 につながった。弘前のりんご栽培は、初め旧藩士を中心にその広大な屋敷で行われた。す なわち、現在の中心市街地や宅地がその場所に当たるが... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第2章 明治後期の弘前 第四節 農林業の発達 一 りんご栽培の拡大と販路拡張 りんご生産の展開と農業振興 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
興農社(こうのうしゃ)(後に興農会社に改称、現黒石市、明治二十年開業)に刺激されつつ 、投資先の照準をりんご栽培に定め、大規模経営が多く見られた。新興作物である「西洋 林檎」は、もともと国内において消費習慣がなく、... |
新編弘前市史 通史編5(近・現代2) 第五章 戦後の弘前 第三節 戦後弘前の農業展開 二 りんご産業の発展 りんご復興と澁川伝次郎 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編5(近・現代2) |
跡-』、一九九三年)。写真125澁川伝次郎りんご協会発足当初の活動は、りんごの公定価 格引き上げ運動、りんご栽培講習会・農村青年大学の開催、りんご協会叢書刊行、りんご 樹財産税反対及び評価額の交渉、りんご試験場存置... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第1章 明治前期の弘前 第三節 弘前地方の経済活動 三 殖産興業と士族授産 組織的活動-化育社 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
りんご栽培を中心とする農業の研究・発展を意図する組織的活動は、弘前では全国的にも 異例の早さで開始された。民間で... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第3章 大正期の弘前 第四節 大正二年大凶作と弘前市の農業 二 凶作後の農業 外崎嘉七と島善鄰-りんごの神様と恩人 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
と借金で二町五反八畝の土地を六二円で購入、第一号のりんご園「向陽園(こうようえん) 」を開設し、以後、りんご栽培に傾注した。写真172外崎嘉七経営の「向陽園」(明治40年 代旧中津軽郡清水村樹木)嘉七は、後年、「り... |
新編弘前市史 通史編5(近・現代2) 第四章 戦前・戦中の弘前 第四節 農業の動向 四 戦時体制下の生産統制 戦時下のりんご統制 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編5(近・現代2) |
樺太への冬季出稼ぎも、新植や増反して結実するまでの間という限定的なものに終えるこ とができた。そのためりんご栽培の人気はいっそう高まった。青森りんごの袋掛法は明治 末から導入されたが、大正十五年(一九二六)にはりん... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第2章 明治後期の弘前 第一節 弘前市の誕生 四 弘前における名望人政治 明治二十年度予算審議 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
セラはブドウの根につく害虫である。対策は抜いて焼き捨てるしかなく、中弘地方の栽培 者はブドウを断念し、リンゴ栽培に切り替えた。このときの対策薬剤が後にボルドー液と して青森県のリンゴ栽培を救った。藤田葡萄園は大打撃... |
新編弘前市史 通史編5(近・現代2) 第四章 戦前・戦中の弘前 第四節 農業の動向 二 昭和初期のりんご産業の発展 りんご栽培の進展 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編5(近・現代2) |
かし、りんご価格は相対的に有利であったがゆえに、恐慌からの逃げ道と稲作の凶作から の脱却のためにさらにりんご栽培が拡大するという傾向も見られた。弘前では、東目屋村 、高杉村、裾野村、新和村などで部落有地の分割貸付に... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) [口絵] [[口絵]] |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
た工藤行幹†鉄道開通†口絵9人力車のある風景(本町)口絵10明治30年代の弘前駅口絵11 弘前駅構内†りんご栽培のはじまり†口絵12明治年代初期のりんご園「不換園」(住吉神 社筋向かい、楠美冬次郎経営)口絵13第5... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 序 新編 弘前市史 通史編4(近・現代1) 目次 [[新編 弘前市史 通史編4(近・現代1) 目次]] |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
………………………………………372第四節農林業の発達…………………………………… ……………382一りんご栽培の拡大と販路拡張………………………………382二地主制度の 確立と農事改良…………………………………3... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第1章 明治前期の弘前 第二節 士族の動向と自由民権運動 二 津軽の自由民権運動-本多庸一を中心に- 東奥共同会の設立 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
、主義を拡張せんが為め演説会を開く。生産とは桐、桑、楮を植えて自活することであり 、これが後には士族のりんご栽培となった。法律科は内外の法律を勉強することで、併せ て会員中権利を侵害されている者があれば助けることで... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第1章 明治前期の弘前 第三節 弘前地方の経済活動 三 殖産興業と士族授産 殖産興業の展開 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
られ、また、士族授産結社の活動が活発化するなど、新時代の地域経済を担う組織や人材 の形成も進み始めた。りんご栽培などの農業部門も含め、弘前に固有の特産品生産の萌芽 も見られ、また、地域産業の形成を促したり、みずから... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第2章 明治後期の弘前 第一節 弘前市の誕生 五 弘前政党人の活躍 盗伐問題と師団の設置 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
渇坂(けがずざか)の地名があるように、生産力の低い山里であったが、明治三十八年(一 九〇五)から急速にりんご栽培が広がり、米の三倍も高い収益を得て、大原(現桜ヶ丘団地 )と小沢の間にあった飢渇坂を盛土で平坦な道路に... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第2章 明治後期の弘前 第七節 弘前の宗教者ほか 二 弘前カトリック教会と弘前昇天教会 弘前カトリック教会(百石町小路) |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
本県が大きな功績を持つのはフォーリー神父のおかげである。膨大な標本が京都大学にあ る。また、弘前地方のりんご栽培が盛んになったのも師の指導と助言によるところが大き かった。本国のフランスから苗木を取り寄せ、剪定法を... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第3章 大正期の弘前 第四節 大正二年大凶作と弘前市の農業 一 大正二年の凶作 大凶作下の農村 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
きく、全農産物の減収による損失は二〇〇〇万円(平年総生産額の三分の二)に上った。こ のころ、中津軽郡のりんご栽培面積も増加し、総反別の三分の一を占めるようになり、ま た、弘前市及び師団の所在地であったため消費人口が... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第3章 大正期の弘前 第四節 大正二年大凶作と弘前市の農業 二 凶作後の農業 りんごの病虫害とその対策 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
りんご栽培は大正期になると栽培面積が拡大し、米と並んで津軽の基幹的産業として発展 していったが、頻発する病虫害の... |
新編弘前市史 通史編4(近・現代1) 第3章 大正期の弘前 第四節 大正二年大凶作と弘前市の農業 二 凶作後の農業 農業団体の発展 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編4(近・現代1) |
び各県都市共進会・品評会等の中心人物として大きな役割を果たした。大正十三年(一九 二四)、満州に渡り、りんご栽培を指導し、昭和九年(一九三四)に中国大連で逝去した。 大連には楠美の功績を讃えた「頌徳碑(しょうとくひ... |
新編弘前市史 通史編5(近・現代2) 第四章 戦前・戦中の弘前 第四節 農業の動向 一 農村疲弊と小作争議 昭和初期の恐慌と冷害凶作 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編5(近・現代2) |
た。りんご販売額は農業恐慌の影響を受けたものの、りんごは稲作と違って冷害に強いこ ともあり、中津軽郡のりんご栽培農家は青森県や東北の他の地域と比べると冷害による被 害を最小限に食い止めることができた。しかし、昭和六... |
新編弘前市史 通史編5(近・現代2) 第四章 戦前・戦中の弘前 第四節 農業の動向 三 産業組合拡充運動と経済更生運動 経済更生運動と計画 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編5(近・現代2) |
るものであった(同前)。さらに、更生計画では、副業の改良増殖が奨励されたために、 現金収入の期待されるりんご栽培を行う農家数は増加した。 |
新編弘前市史 通史編5(近・現代2) 第五章 戦後の弘前 第一節 軍都弘前の崩壊と占領 一 進駐軍対策 昭和天皇の来弘 |
弘前市立弘前図書館/おくゆかしき津軽の古典籍 通史編5(近・現代2) |
者を慰問し職員を激励している。病院をあとにした天皇は宿泊所となっていた弘前市公会 堂に入り、公会堂内でりんご栽培や農業経営に関する説明を聞き、夜にはねぷたを見て、 十二日の巡幸を終えている。弘前のねぷたは戦時中、ほ... |