函館市/函館市地域史料アーカイブ

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附録 二、戸井町史年表
一、蝦夷時代の概観
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
天正十八年(一五九〇)蠣崎慶広が豊臣秀吉から蝦夷地の領有権を認められる以前を蝦夷
時代とした。この時代は戸井には和人の居住する者が極...
通説編第1巻 第3編 古代・中世・近世 第2章 松前藩政下の箱館 第1節 松前藩成立と亀田番所
蠣崎氏の独立
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 通説編1
であった。すなわち、天正18(1590)年関白豊臣秀吉が小田原城の北条氏を滅ぼして奥州に
出陣するや、蠣崎慶広(季広の子)は、前田利家・木村秀俊らの武将に会い、同年12月京都
に上って秀吉に謁見することに成功した...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 一 亀田番所と亀田奉行
松前藩の蝦夷地統一と番所の設置
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
蝦夷と講和し、松前周辺の和人地の実支配を始め、徐々にその実権を拡大しつつあった。
このような状況の中で蛎崎慶広(松前氏第五代)は文禄二(一五九三)年豊臣秀吉に謁し
、志摩守に任ぜられ、蝦夷島主としての制書を賜わっ...
第二章 戸井町の沿革 第三節 戸井への和人移住
二、戸井への和人の定着
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
は蝦夷の酋長(乙名(おとな))がコタンを分割支配していたのである。天正十八年(一
五九〇)に、松前藩主蠣崎慶広が「汐首崎以東の蝦夷地には和人の往来を禁じ、汐首岬以
西の和人地(シャモチ)には従来居住していた蝦夷以...
附録 二、戸井町史年表
二、松前時代前期の概観
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
天正十八年(一五八三)蠣崎慶広が、豊臣秀吉から蝦夷地の領有管轄権を認められた時か
ら、寛政十年(一七九八)徳川幕府の直領に移されるま...
第四編 行政 第二章 江戸時代の行政 第一節 前松前藩時代 一 松前氏の成立
安東氏より独立
函館市/函館市地域史料アーカイブ    椴法華村史
して、入港の商船から税を徴収することが主な仕事であった蠣崎氏は、徐々にその実権を
強化していき、第五代蠣崎慶広は、天正十八年(一五九〇)十二月京都に上って豊臣秀吉に
謁見し、従五位下民部大輔に任ぜられ、安東氏の支...