函館市/函館市地域史料アーカイブ

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[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第五節 産業の進展 四 林業とその育成
箱館奉行の育成政策
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
かれていたのであるが、再直轄した幕府は殖産興業の立場から森林の育成に重点を置くよ
うになった。すなわち箱館奉行は七重村に薬園を開き、ここで佐渡から取り寄せた杉、松
の苗を育て、これを五稜郭周辺及び箱館付近の街道筋...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第七節 五稜郭の築造と東照宮の建立 二 東照宮の建立
東照宮の建立と焼失・遷座
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東照宮(昭和44年)『祭神記』という天台宗等澍院執事(実質的には東照宮の宮司)の書
いた記録によれば、箱館奉行従五位下小出大和守殿政府ノ命ヨリ北門ノ鎖鑰ニ五稜郭ヲ亀
田郡ニ築キ給フ。(中略)城郭ヲ始メ蝦夷地ノ鎮護...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第三節 村々の誕生と移り変り 八 桔梗村の開拓
東本願寺と桔梗野
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(一八五九)年二月、東本願寺箱館御坊役僧開明らの実地調査に基づき、四月東本願寺本
山使僧斎聖寺徳善から箱館奉行に開墾地使用願いが提出され、同月土地使用が許可となり
、「東本願寺開発場桔梗野」または「六条郷安寧村」...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第五節 産業の進展 三 亀田と馬
箱館奉行の馬産奨励と馬市
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後松前藩の時代あまり積極的でなかった松前藩の牧馬政策に対し、後幕府時代の竹内、堀
、村垣などの箱館奉行は、蝦夷地開拓と防備の必要上から牧場の開設、馬市の開催、飼育
方法の布達(保護のため)などを行い、良馬...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第六節 村人の生活 三 黒船出現と村人
牛と五升芋
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、当時は主として駄送用として飼われていたため、これを買上げられることは農民の生活
を脅かすことになり、箱館奉行所は次々と入港する外国船に供給することはできなく、拒
絶していた。しかし牛肉は、外国人の食生活に不可欠...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第三節 村々の誕生と移り変り 五 蝦夷地の幕府直轄と亀田
村々の状況
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の傾向が見られる。これはどのような理由に基づくものであろうか。幕府が蝦夷地を直接
経営することになり、箱館奉行は農業を奨励し、文化元年諸国より蝦夷入植希望の農民を
募集し、住居や農具を与え、文化二年から開墾に着手...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第三節 村々の誕生と移り変り 六 亀田の開発と御手作場
御手作場
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ヲ事トシ、或ハ薪ヲ採リ、炭ヲ焼キ、以テ生計ヲ営メリ。」と記されるような状況であっ
た。このようなおり、箱館奉行所は箱館近郊の農業開発に乗り出し、各地に御手作場(奉
行所直営の開墾地)を設けた。すなわち安政二(一八...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第三節 村々の誕生と移り変り 七 石川村の開拓
松川弁之助の開拓
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像こうした情勢の中で安政三(一八五六)年、越後出身の松川弁之助は赤川村字石川沢に
御手作場を開くことを箱館奉行所に出願し、許可を受け、越後出身者を中心に開拓を進め
ることになった。『蝦夷地御開拓諸御書付諸伺書類』...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 四 後松前氏時代の村役人とその職務
名主の仕事
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名主は村の長として箱館奉行所、沖の口番所の命令に基づいた諸検査、書類整備、書類確
認、布達の継ぎ送りなどの事務及び村人に対する法...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第六節 村人の生活 三 黒船出現と村人
フランス軍艦の入港
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フランスの軍艦シビル号が入港し、食料、水の供給及び病人の上陸養生を求め、最初はこ
の艦の処置に苦慮した箱館奉行も、人道上の立場から上陸養生を許可し、実行寺に病人の
養生所を開設した。シビル号入港後、同月十四日には...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第七節 五稜郭の築造と東照宮の建立 一 五稜郭の築造
箱館港の警備
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安政二年三月より正式開港の運びとなり、安政元年六月箱館奉行が設置されたのであるが
、外国船が起す不測の事態に備え、幕府は安政元年八月津軽、南部の両藩に万一の事態...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第七節 五稜郭の築造と東照宮の建立 一 五稜郭の築造
五稜郭の築造
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。五稜郭は、はじめ柳野と呼ばれていた所に築造するため柳野御陣営とか亀田役所土塁な
どと呼ばれているが、箱館奉行所の治所として更に防衛拠点として築造されたものであっ
た。設計者は、諸術調所教授武田斐三郎で安政三年十...
[亀田市編] 第三章 明治の新風 第六節 教育の発達 一 明治維新前後の文教政策
奉行の諭告と正徳の制令
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学制の確立していなかった時代において、教育の役割を担っていたのは、幕府であり、各
藩であり、直接的には箱館奉行や寺子屋などであった。『北海道教育史』によると箱館奉
は文化二(一八〇五)年、箱館外九か所に制札を建...
[亀田市編] 第五章 農地解放と農村の変容 第一二節 宗教 一 概説
明治以前
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一候以上戌五月亀田村社司藤山直記前書の通相違無二御座一候亀田村名主武兵衛東照宮は
五稜郭築城に関連し、箱館奉行所の鎮守として、官費をもって神山(当時は上山、神社建
立により神山と改める)に創立した。この宮は社殿そ...
[亀田市編] 第五章 農地解放と農村の変容 第一二節 宗教 三 寺院
宝皇寺(真宗大谷派)
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宝皇寺創立は安政六年四月、開基は厳如上人、はじめは「東本願寺別院広大寺」と称し、
翌万延元年五月、箱館奉行小出大和守の差図により「東本願寺別院宝皇寺」と改称した。
最初は本山の別院であったが、明治十一年一月、...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第三節 村々の誕生と移り変り 五 蝦夷地の幕府直轄と亀田
蝦夷地直轄
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〇二)年二月、幕府により蝦夷奉行が置かれ、戸川安論、羽太政養が奉行に任ぜられ、同
年五月には蝦夷奉行は箱館奉行と改められ、更に同年七月には箱館付近及び東蝦夷地は永
久直轄地とされた。文化元(一八〇四)年春、亀田村...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 一 亀田番所と亀田奉行
享保年間の覚書
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、見分の上可二申付一候事。右の通急度可二申付一者也月日この覚書は、前同様『松前福
山諸掟』中の、亀田、箱館奉行「覚」の中に含まれているもので、年月は不明であるが(
享保年間と推定される)、亀田奉行からその支配地域...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 一 亀田番所と亀田奉行
亀田奉行の勤務
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二(一八〇〇)年に廃止され、その後松前藩が蝦夷地を再支配することになった時、箱館
に奉行所が設置され、箱館奉行と称されたが、人々の中にはこれを旧例にならい亀田奉行
と呼ぶ者もあった。
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 一 亀田番所と亀田奉行
代官と下代
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がいつころまで存在していたか不明であるが、『松前藩の職制について』(新しい道史第
三巻四号)によれば、箱館奉行―吟味役―下吟味役(名主)―年寄―小使―手代足軽の制
度があり、吟味役は松前から派遣と記されている。こ...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 四 後松前氏時代の村役人とその職務
村役人
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山に町奉行所と沖の口役所、箱館および江差にそれぞれ奉行役所と沖の口番所を設置した
が、亀田諸村はこの時箱館奉行所の管轄下に入り、主として在方掛より行政指導を受ける
ことになった。この奉行所の指示に従い、亀田の村々...