函館市/函館市地域史料アーカイブ

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第七章 交通運輸と通信の沿革 第一節 下海岸の交通の変遷
[下海岸の交通の変遷]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
明治十五年一月まで)の下海岸と蔭海岸の里程と道路状態が、古記録に次のように書かれ
ている。①函館から下湯ノ川まで、一里二十八町余、砂地②下湯ノ川から志海苔、銭亀沢
、石崎諸村を経て小安村まで、三里余、皆平坦③小...
第5編 交通・通信 第1章 交通 第8節 昭和前期の交通状況 2、湯川・椴法華間の乗合自動車の運行
[湯川・椴法華間の乗合自動車の運行]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    恵山町史
で、翌5年5月5日大澗、役場所在地の古武井まで到達したのが昭和7年4月26日のことであ
った。そして、湯の川・椴法華間の全線にバスが運行したのは、昭和8年(1933)6月20日
、下海岸道路に乗合自動車が走って...
第二章 戸井町の沿革 第六節 松浦武四郎の『蝦夷日誌』(嘉永三年)
[松浦武四郎の『蝦夷日記』(嘉永三年)]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
くと平野になっており、約二十町四方の広さがある。ここの山際で明礬を製している。こ
こからしばらく行くと湯の川(ゆのかわ)に達する。ここは湯元(ゆもと)とも言われて
おり、笹小屋が二、三軒あり人々はここに宿泊して...
第二章 戸井町の沿革 第四節 戸井と近隣の変遷
[戸井と近隣の変遷]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
古城ありから家あり一、弁才天一、亀田崎一、しりさっぷ小船澗あり家七軒一、大森家十
軒但しから家あり一、湯の川小川あり家八軒一、しのり澗あり家二十四、五軒から家あり
一、黒岩家七軒一、塩泊川あり、狄おとなコトニ、...
第5編 交通・通信 第1章 交通 第7節 明治・大正期の交通 6、明治末頃の下海岸の交通状況
湯の川・戸井間に乗合馬車定期運行(明治43年より)
函館市/函館市地域史料アーカイブ    恵山町史
間の乗合馬車を毎日1往復運行させた。この工事の進捗については、同44年1月12日付の函
館毎日新聞に「湯の川・尻岸内間の道路開削工事は昨年中に竣工し、車馬の往復に便して
村民の悦び一方ならざるも……」と記されて...
第八章 産業 第一節 水産業 二、戸井の鰮漁の沿革
[戸井の鰮漁の沿革]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
遮断するので、角網漁業に適している。地曳網場所としては僅かに、尻岸内と古武井だけ
である。汐首から西、湯の川までの間は、海底は稍々平坦である。海底のところどころに
暗礁がないわけではないが、大体遠浅で海底は砂質...
第一章 歴史的概要とその特性 第六節 未完の戸井線と下海岸の陸上交通 四 昭和初期における地方鉄道敷設計画と釜谷鉄道
釜谷鉄道敷設の動向
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 銭亀沢編
輸事務所調査として「函館釜谷線概要」を二回にわけて紹介している。この調査によると
、沿線町村の戸口は、湯ノ川村戸数一〇二〇戸、人口五六〇七人、銭亀沢村戸数九九四戸
、人口六二二三人、戸井村戸数一〇一〇戸、人口五...
第三章 伝説と逸話 第十七節 下海岸のクドキ節
[下海岸のクドキ節]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    戸井町史
は名代(なだい)の昆布名代昆布は志海苔の昆布枕(まくら)そろけて一夜も根崎(ねさ
き)ここは寒い坂次ぎ湯の川よほんに恐ろし鮫(さめ)川ござるわずか下(くだ)れば渡
(わた)し守(もり)ござるトロリトロリと浜中通...
第六編 交通・通信・灯台 第一章 陸上交通 第二節 明治・大正時代の道路 二 椴法華より近村への道
明治時代末の下海岸交通
函館市/函館市地域史料アーカイブ    椴法華村史
明治四十三年、北海道庁によって湯の川・戸井村字弁才澗間の道路が改良整備され、馬車
の通行が可能となり、この年十二月から湯の川村山川丑太郎に...
第六編 交通・通信・灯台 第一章 陸上交通 第二節 明治・大正時代の道路 三 下海岸道路の改良
湯川・戸井間改良工事
函館市/函館市地域史料アーカイブ    椴法華村史
明治四十三年から乗合馬車、大正十年から乗合自動車が運行されていた湯の川・戸井間の
道路は、土・砂・石を突き固めただけであったため、大雨や春の雪どけの後は穴だらけで
ぬかるみ状...
第三編 郷土への渡海 第一章 蝦夷地 第四節 史書に記された郷土(その二) 蝦夷日誌
附記
函館市/函館市地域史料アーカイブ    南茅部町史 上
はる。其辺奇岩怪石多し。乃末流なり。村を出て山の腰蘆荻の中をしばし行て村の端左右
に道あり。両方とも上湯の川道といへども、右の方は上湯の川に出、シノリ村に到る。左
りは上湯の川より川汲温泉道なり。此辺虎杖多し。...
[亀田市編] 第一章 先史の亀田 第一節 亀田の大地 一 位置と地勢
亀田
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
の亀田の位置について『津軽一統志』によれば、あるう川、亀田、箱館、弁才天、亀田崎
、しりさつふ、大森、湯の川、しのりなどの地名があり、その記述順序から見て、現在の
函館港に近い位置にあって一村をなしていたところ...
[亀田市編] 第三章 明治の新風 第四節 諸工業の発達 二 天然氷
製氷業者の増加
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
番地木久田藤四郎〃山崎 藤七二、七二七二、七二四二、七二四九五五一、二二七五
〇湯川村大字下湯ノ川村字戸倉七番地生 駒鹿 蔵〃〃二、〇一七二、〇一二二
、〇一二六五九六〇四二〇〃〃...
[亀田市編] 第四章 都市近郊農村の歩み 第六節 交通 一 道路
村道
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
家瓦場下線字富岡字本町五三番地先一二七〇・八赤川通中道線富岡一七〇先字中道一八四
番地先八八三・八中道湯の川通線鍛治三五先本通四〇〇番地先一九六七・四湯の川通尻鮫
在所線鍛治一九三先本通二八五番地先五四五・四函...
第一章 歴史的概要とその特性 第六節 未完の戸井線と下海岸の陸上交通 二 大正期の道路事情と自動車交通の発達
下海岸における乗合自動車の運転
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 銭亀沢編
み』)。中宮亀吉が設立したこの会社は、後述する大正十四年六月二十七日付け「函館新
聞」の記事から「戸井湯の川乗合自動車合資会社」であると思われる。藤野自動車家屋と
所有車両(『函館バス20年のあゆみ』)湯の川戸...
第五編 産業 第一章 水産業 第一節 昆布漁業 四 大正時代の昆布漁業 (一) 昆布漁の実態
「まこんぶ」「みついしこんぶ」
函館市/函館市地域史料アーカイブ    椴法華村史
テ間々「ゴロタ」石ヲ混シ水深三尋乃至七八尋トス汐首岬以西根崎村ニ至ルノ間ハ沿岸岩
盤陸岸ヨリ連旦スルモ湯ノ川村ハ岸ヲ去ル三百間水深七八尋ヨリ昆布礁アリ該地方ニ於テ
ハ昆布着生帯海深二十尋ニ及フ而シテ其形態汐首岬...
第六編 交通・通信・灯台 第一章 陸上交通 第二節 明治・大正時代の道路 三 下海岸道路の改良
湯川・戸井間乗合自動車
函館市/函館市地域史料アーカイブ    椴法華村史
下海岸に初めて乗合自動車の運行が行われたのは大正十年八月二十日のことであり、経営
者は中宮亀吉で湯の川と戸井を結ぶものであった。その後中宮によって始められた乗合自
動車会社は大正十一年藤野にゆずられている...
第三編 郷土への渡海 第一章 蝦夷地 第四節 史書に記された郷土(その二) 蝦夷行程記
[蝦夷行程記]
函館市/函館市地域史料アーカイブ    南茅部町史 上
人民を御呼寄あ里て新開あ里し地なり西の山乃方に文月ニゴリ川などいへる村ゝあり海岸
の通りハ升形より大森湯の川川尻ハ砂川にてぬかり渡り難し志のり人家卅軒余銭瓶(ぜに
がめ)沢人家五十軒余この辺より長崎御用の昆布を...
第七編 産業 第一章 農業・牧畜 第三節 万畳敷開拓 戦後の万畳敷開発
草地改良計画
函館市/函館市地域史料アーカイブ    南茅部町史 下
ないが海岸より大船林道を経由する町道延長一四・九キロメートルの林道が林務署の手で
進められて居り後述の湯の川鱒川路線と接続の予定である。(二)地区中部方面亀田町より
赤川部落迄は町道により道路良好で約一二粁は車...
第八編 交通運輸 第二章 海上運輸 第三節 漁港 臼尻港
室蘭港へ渡航すべき渡島国の港門 臼尻港
函館市/函館市地域史料アーカイブ    南茅部町史 下
函館より軍川村を経て山道を通過するもの其距離拾二里余あり。第四、赤川村を経る山道
拾里余あり。第五、下湯の川村を経上湯の川村より山道を経るもの其距離八里余あり。第
一、第二は県道にして其他は里道なり。今右の五道...