函館市/函館市地域史料アーカイブ

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[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 二 亀田郷と名主
歴代名主
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
か2佐藤彦左衛門 寛文九年蝦夷との戦い時、二人のうちいずれかが番所の代官3同忰彦左
衛門4白鳥孫兵衛 逢坂氏日記では両勤となっている5蛯子七左衛門6村田治兵衛7井田儀右
衛門北海道旧纂図絵では磯右衛門享保九(一七二四)...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 一 亀田番所と亀田奉行
亀田番所と諸役
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
命するようになり、さらに松前藩の行政組織の確立にともない年寄・小頭その他が定めら
れるようになった。『逢坂氏日記』(函館市史史料編第一巻)によれば「一、先年検断孫
左衛門方へ、万端の支配被二仰付一候処、其後為二御奉行一...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 二 亀田郷と名主
年寄
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
いつころから年寄の制度が施行されたものか、つまびらかではないが、『逢坂氏日記』に
は宝暦十一(一七六一)年に年寄善右衛門の名が見られ、更に明和五(一七六八)年の記
録には、名主十左衛門...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第四節 村々の行政 二 亀田郷と名主
小頭
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
の各村に配置されたものであるが、これもまたいつのころからこの制度が採用されたのか
つまびらかでない。『逢坂氏日記』安永三(一七七四)年の記事に、「箱館小頭彦右衛門
、亀田幾右衛門、尻沢部三郎兵衛、ゆの川藤七、石崎吉郎右...
[亀田市編] 第二章 大地にいどむ 第五節 産業の進展 三 亀田と馬
馬の飼育法と性質
函館市/函館市地域史料アーカイブ    函館市史 亀田市編
一行は多数の人員と荷物を伴っており、亀田地域の村々でも助郷のために人足や馬が多数
かり出されている。『逢坂氏日記』によれば、寛延三(一七五〇)年亀田郷中の馬数を「
八百九十三疋」と記している。亀田郷というのは既述のよう...