第三編 イシカリ場所の成立 第六章 イシカリ場所の展開と漁業権紛争 第一節 イシカリ場所の展開 一 変わる漁法と生産 網漁法の導入と塩引鮭 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
この時期において、もっとも目立った変化は、秋味漁における網の導入である。文化四年 (一八〇七)、ちょうど秋味漁の季節にイシカリを通った幕府吏員田草川伝... |
第三編 イシカリ場所の成立 第七章 幕府の蝦夷地調査とイシカリ要害論 第三節 近藤重蔵イシカリ要害論 二 蝦夷地調査から要害論へ 西蝦夷地見回りへ |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
館より途中松前、熊石、オタルナイ等を経てイシカリに到着したのは九月一日であった。 イシカリは、ちょうど秋味漁の最盛期で、一〇〇里余の間のアイヌが大勢集まり、川口や 川中に網を立てて漁をし、廻船も輻輳し大変賑やか... |
第三編 イシカリ場所の成立 第六章 イシカリ場所の展開と漁業権紛争 第一節 イシカリ場所の展開 一 変わる漁法と生産 請負方式の変化 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
実は、同十二年段階にイシカリ場所経営が行き詰まりをみせたからにほかならない。とい うのは、同十一年秋、秋味漁を前にしてイシカリ秋味漁の請負人が、突如請負を放棄する といった事態が生じてしまった。このため、松前奉... |
第三編 イシカリ場所の成立 第六章 イシカリ場所の展開と漁業権紛争 第一節 イシカリ場所の展開 二 集約されるアイヌの人びと 集約化されるアイヌ労働 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
づけるような書き方をしている。場所の区分がすでに実態のないものへと変化してしまっ た例である。③鯡漁・秋味漁への労働力の集約アイヌを、さらに場所外の労働へと押し出 す原動力となったと思われるものに、鯡漁がある。... |
第三編 イシカリ場所の成立 第八章 松前藩の復領とイシカリ場所 第一節 復領後の藩政とイシカリ場所 二 復領下のイシカリ場所経営 鮭漁の発展と変わる漁法 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
切って、網引場の施設が一九カ所も設けられていた。表3に示したのは、安政二年(一八五 五)段階のイシカリ秋味漁場での糸大網引場・網数である。一九カ所に分けた網引場は、 いわゆる和人網引場と呼ばれている引場で、イシ... |
第三編 イシカリ場所の成立 第八章 松前藩の復領とイシカリ場所 第一節 復領後の藩政とイシカリ場所 三 アイヌ稼動の実態と人口の減少 雇の実態と代償 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
男女二〇七人が鯡漁の雇にとられている。現在の札幌市域に包括されるアシリベツ、コト ニ、オソウシ辺には、秋味漁が終了した時点で番人がそれぞれの番屋へ「飯料取締方」と 「軽物出増世話方」の名目で出張し、年内に春鯡漁... |
第三編 イシカリ場所の成立 第八章 松前藩の復領とイシカリ場所 第二節 蝦夷地開拓論・海防論とイシカリ場所 二 松浦武四郎の探検とイシカリ場所 松浦武四郎のイシカリ川筋探検 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
川筋に沿って遡る途中の自然景観やアイヌの人家の有無等は、表9のとおりである。イシ カリ川筋は、ちょうど秋味漁の季節で、川筋のあちこちでアイヌが漁事を行っていた。イ シカリ川は、流木がかなり多い川であったようで、... |
[[図版・写真・表組一覧 刊行の趣旨 奥付]] 図版・写真・表組一覧 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
所・札幌市街・石狩町資料』(河野常吉資料北海道立図書館蔵)より作成(527頁)表-3安政2 年イシカリ秋味漁場糸大網引場・網数『村山家資料』(新札幌市史第六巻)より作成(528頁 )表-4安政2年イシカリ秋味漁... |
二 五十嵐勝右衛門文書 件名目次 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第6巻 史料編1 |
九日)五杢平差下し、八坂網調査の書状(年不明五月一〇日)六漁場経営策につき書状(万延 元年五月九日)七秋味漁入用金の書状(年不明四月二三日)八細引代領収証(年不明二月)九 鮭魚、照沼払残品伊勢屋受取の書状(年不... |
第三編 イシカリ場所の成立 第四章 イシカリ十三場所の成立 第二節 場所請負制の成立と十三場所 三 天明・寛政期 [[天明・寛政期]] 商品流通にのった鮭 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
百両は廿ケ年賦引落」(天明四年御収納取立目録武川家文書)と定めた。すなわち、藩主直 場所であるイシカリ秋味漁の経営を、借金の引当に請負わされたことになる。小林屋は、 『産物方程控』によれば、天明元年より秋味石高... |
第三編 イシカリ場所の成立 第五章 幕府とイシカリ 第二節 西蝦夷地の直轄とイシカリ 二 西蝦夷地の直轄と警備 蝦夷地見回りとイシカリ場所 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
使。乙は乙名の略。4.田草川伝次郎『西蝦夷地日記』より作成。田草川ら一行が通った イシカリは、ちょうど秋味漁の最中で、弁財船一五、六艘が川の中に繫いであり、川端に は大きな鮭小屋が数棟も作られていた。ちょうど川... |
第三編 イシカリ場所の成立 第六章 イシカリ場所の展開と漁業権紛争 第一節 イシカリ場所の展開 二 集約されるアイヌの人びと 疱瘡の犠牲 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
回復力に目ざましいものがあったようである。ところが、文化十四年の場合、多くの働き 手を失ったことから、秋味漁にすぐさま影響をおよぼした。いつもの年だと、八〇〇人ほ どの男女が集まって、一一〇余統の網を使って漁を... |
第三編 イシカリ場所の成立 第七章 幕府の蝦夷地調査とイシカリ要害論 第三節 近藤重蔵イシカリ要害論 二 蝦夷地調査から要害論へ イシカリ要害論 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
といったように聞いている。その理由として、方々からアイヌが移り住んでいるのは、秋 味が豊富であるゆえに秋味漁に来てそのまま永住したものが多くいたり、秋味漁も他場所 と異なり、「自分網器」(手作りの自己所有の網)... |
第三編 イシカリ場所の成立 第四章 イシカリ十三場所の成立 第二節 場所請負制の成立と十三場所 二 宝暦・明和・安永期 (1) 飛驒屋の場合 場所請負へ |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
る形で事実上は、イシカリ場所夏商の幾分かの経営を任されていたとみることは可能では なかろうか。ただし、秋味漁にはあまり関わっていなかったと思われる。表-5イシカリ場 所夏商運上金・仕入金高(宝暦8~明和5年)年... |
第三編 イシカリ場所の成立 第四章 イシカリ十三場所の成立 第二節 場所請負制の成立と十三場所 二 宝暦・明和・安永期 (3) その他の場合 熊野屋菊池忠右衛門 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
永八年(一七七九)に取り上げられるまで継続している。ここでいう切囲とは、『松前産物 大概鑑』によれば、秋味漁期に、網引場で直接船で買い上げて塩漬けにする塩引に対し、 浜の蔵に塩漬けにして囲い置き、翌年船に積み込... |
第三編 イシカリ場所の成立 第五章 幕府とイシカリ 第二節 西蝦夷地の直轄とイシカリ 一 文化三年の西蝦夷地調査 東寗元稹のみたイシカリ |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
(大)成る事はかるべからず。このように、イシカリにはアイヌの家が一〇〇軒ほど、運上 屋が一一軒あって、秋味漁もかつては一〇〇〇石積一二艘分というから一万二〇〇〇石も とれたが、近年では半分しかとれなくなっている... |
第三編 イシカリ場所の成立 第八章 松前藩の復領とイシカリ場所 第一節 復領後の藩政とイシカリ場所 一 復領後の蝦夷地政策 知行と勤番 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
かも弘化三年当時の勤番手当は、重役が一二〇両、徒士が八五~八六両、医師が一〇〇両 で、足軽のうち四人は秋味漁がすみ次第引き揚げるが、残り一人はオタスツで、また一人 がイシカリで越年したらしい。越年手当も、オタス... |
第三編 イシカリ場所の成立 第八章 松前藩の復領とイシカリ場所 第一節 復領後の藩政とイシカリ場所 二 復領下のイシカリ場所経営 諸施設 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
屋を設け、浜辺を眺望す。④蔵勤番所の表にあり、弁天社の道の両脇に二〇余戸ある。⑤ 塩切長屋川岸に建ち、秋味漁の時この蔵で切囲をしたり、荷物にする。長さ(幅)七、八間 、長さ一五間くらい。一カ所は六、七間に一〇間... |
第三編 イシカリ場所の成立 第八章 松前藩の復領とイシカリ場所 第一節 復領後の藩政とイシカリ場所 三 アイヌ稼動の実態と人口の減少 人口の減少 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
ってイシカリ川の上流域に住むアイヌまで、春鯡漁時は遠くオタルナイ、タカシマ、アツ タ方面へ動員された。秋味漁時は、まず和人網引場に雇われ、その後自分持網場で漁をし 、秋末になってやっと各自の故郷に帰りつき、飯料... |
第四編 イシカリの改革とサッポロ 第二章 幕府のイシカリ調査 第二節 『蝦夷志料』の編纂とその調査 二 蝦夷地の調査 『野作東部日誌』 |
札幌市中央図書館/新札幌市史デジタルアーカイブ 新札幌市史 第1巻 通史1 |
、西部ハ運上家ト云。東地文化度御領ノ時改メ会所ト唱ラレシヨリ今ニ然リ。此所夷家百 軒余人口六百人有テ、秋味漁盛ナル場所ナリ。]石狩川海ニ落入、川口ニ至リテハ幅五丁 余モ有。大木ノ根ヨリヌケテ流レクルガ、両岸ニ横... |