西尾市岩瀬文庫/古典籍書誌データベース

岩瀬文庫蔵書
目録データ 和
函番号(資料番号)
162-129 
旧書名
筆蔵 
数量
10 
単位
冊 
書名
筆蔵  
書名ヨミ
フデクラ 
書名の備考
左肩書外題「ふてくら」ないし「筆蔵」。内題も同。 
版写
写 
書型
半 
存欠
全10巻 
原装・改装
原装 
丁数
804 
寸法
23.3/15.5 
編著者
島田筑波(一郎) 
編著者ヨミ
シマダツクバ 
成立
①:目次巻首「島田筑波輯」。目次末に附記「(大正六年十二月記)/大正七年一月廿六日本郷駒込千駄木町五十七番に移る」。巻末附記「大正七年一月製本」。②:目次巻首「〈神楽堂主人〉島田筑波輯」(以下各巻とも同)。巻末附記「大正七年三月製本(朱白文楕円印「椿翁」)」。③:目次末に附記「大正七年五月製本」。④:巻末附記「大正七年七月製本」。⑤:奥書「(大正七年十月夜記)筑波子」。⑥:目次末に附記「大正七年十一月製本」。⑦:目次末に附記「大正八年三月製本」。⑧:目次末に附記「大正八年八月製本」。⑨:目次末に附記「大正八年九月製本」。⑩:目次末に附記「大正九年二月廿九日製本」。 
成立西暦
1920 
刷り書写の態様
自筆稿本。 
内容
主に江戸期の伝記、文学、書誌、風俗、藝能に関する雑記。各巻頭に目次を付す。内容の一部、①:戸塚柳斎。続化蝶類苑写本序(漢文、文末「寛政丙辰(8年)三月呉谿荒木方斌書於挹翠草堂」)。陰山豊洲。北条氷斎。高橋作左衛門。大脇士謹。加藤雀庵。高橋玉川。築地聖人。桜井雪舘。冢田大峰。原武太夫。②:三扇堂鬼簿(名古屋藩医野村立栄家)。還成房広順和尚資料。石井万甫。「現今の弾琴家」。馬島の目薬。海保青陵。卒啄斎書翰(川上不白宛)。断髪(詿違罪の婦人断髪について)。瀬戸物焼継の事。円光寺世代譜(『叢社機縁集』の写し、丹波氷上郡高源寺と洛北円光寺の寺誌、全9丁)。容安斎記。③:上総屋一磨。鬢張。古近江(三味線の名工)。空也僧鉢敲考。仏庵の杖。窪俊満。古礀。林若樹「太申伝」(『集古会誌』の抜刷か)。札差墓所。④:江戸座誹諧。冬木家道具帳。原忠実墓表。高田敬輔。老樗軒。都和中。高橋作左衛門「先祖書」。釈察冏(宗徧流の茶人竹意軒(竹隠)についての問合せに対する、三州吉田悟真寺住職の答書)。芭蕉東下三説。⑤:都羽二重拍子扇目次(八冊本と十一冊本)。河東節上るり本目録。浅草奥山見世物錦画(別筆)。村田平右衛門。玉川庄右衛門代々。玉川清右衛門代々。『夜発堪忍帖』(内題「夜鷹堪忍帖」、瀧亭鯉丈作自筆本の透写、表紙1丁・本文12丁)。石河積翠の子孫。窪俊満年表と過去帳。柄井川柳年譜。茶卜の上方唄。⑥:諸書より抄録した、主に浮世絵関係の短章記事集。⑦:市川今団十郎(宝永元年刊か『市川団十郎ほめことば』の柳亭種彦識語)。北向雲竹。太平記大意。青池盈。柏崎永以。大道寺重祐。木村高教。『蚊脚集』(小河原政のり歌集)。秋色女。浅草大工(鈴木太郎左衛門)。勝田権左衛門。旗本の俸禄(『醇堂見聞手記』)。十明庵紀逸『黄昏日記』抄。「思ひ出の男」「遺物」(創作小品の原稿)。菊岡沾凉。⑧:篠本廉。入山形に二つ星(吉原細見)。『〈江戸近郊〉道しるべ』の作者(堀家愛政十左衛門)。『さへづり草』。竹尾善筑著述目録。釜屋七右衛門。遅月上人著述目録。『木雁随筆』抄。渡辺近江大掾年譜(鋳物師)。中島桜斎(川越図書館よりの答書)。⑨:「江戸声曲史稿」(未完原稿)。「浄瑠璃各派年表」。疎柳作「品川八景」(文政年間、御連歌師坂昌功作、初代菅野序遊節付けの歌謡)。「江戸書賈集覧」(10行罫紙5丁半)。冬木喜平次(茨城県猿島郡五雲村冬木、大泉寺住職よりの答書)。「女流十二俳家」(捨女、蝶暮、林女、津宇、葉南、孝女。光貞妻、藤女、竹女、一直妻、栄春、妙庵の各1句)。「宿所録」(大正7年12月現在、東京市職員の住所録一枚刷、「内記課員」に「本郷区駒込千駄木町五七 島田一郎」)。上野の大ほとけ。東京に於ける重なる古本屋(現在)。那谷寺。豊竹肥前掾奉納の石灯籠(王子稲荷、延享5年)。升屋祝阿弥の書。⑩:金麩羅。江戸名所誌書目。紀文墳墓考。めりやす目録。遊所町言葉寄地口。鳥尽地口。題なし地口。役者表徳地口。明和九年辰名物評判記。宮薗鸞鳳軒。薗八節国太夫浄るり本目次。三笑亭可楽作小咄本目録。江戸の相撲に関する書目。下馬煮。座敷八景の作者(「享保十年尾州御家中福尾庄左ヱ門子吉次郎十四歳述作」)。斎藤鶴磯著述目録。比丘尼心中(寛保3年)。橘町ケイドウ(寛保3年)。本所の杭なし橋。前句附書目年表。前句附。雪門俳書目録。稲津祇空。現代川柳雑誌一覧。江戸板前句附目録。 
旧蔵印識語
印記「蘭庵」(朱長方印、①②⑤⑧)・「小田原書房」(朱長方印、⑨⑩)。 
備考
表紙は区々、①:浅葱色表紙、②~④:朱色表紙、⑤⑥⑧:浅葱色表紙、雲文・飛鶴(空押)、⑦:茶色表紙、⑨:渋格子刷毛目表紙、⑩:濃紺色表紙。書型に若干の大小あり。料紙は無罫紙の外に種々の罫紙や原稿用箋あり。○書名は『西鶴名残の友』跋文に見える西鶴の覚書「筆蔵」に拠るか。著述の素材集の意か。○①:「加藤雀庵/本名田中弥二郎後加藤昶と改む、明治八乙亥年十二月十日歿す、行年八十、辞世、花七日人も七日のひと流れ、南千住真養寺に葬る。 葩雪漫録第九輯」。②:「献立の辞世 交山ノ文/臨泉亭と云ふ、辞世/我死は豆腐油揚いやで候納豆汁に鮭の塩引 山松」。『叢社機縁集』の末に書簡の写し、「魯山禾上/華墨拝見魯山禾上は南禅寺二百九十四世の名僧にして、洛外一乗寺村円光寺の五世にて御座候、学博く詩も上手にて雲堆集と申す遺稿二冊私所蔵いたし居り候、寛延四年閏六月十五日 才にて遷化いたされ円光寺及び東山清水坂の大寧寺に分骨埋葬いたされ候、御幅の恣痴観の三字は天台の十六止観より出たるものにて風流に遊ぶ事を指したる語ならんかと存候、まづは右のあらまし申上候/三月廿六日 筑波/燕子様」(燕子は市村燕子)。⑧:「さへづり草/此書ハ十一(以上火にやけたり)より二百三十七巻マテアリ皆二冊ヨセナリ、大抵抄録ニ自考ヲ加ヘタルモノ多ト雖モ取ルヘキモノハ幾多モナシ、今売物トナリタルヲ井上頼圀買得タリ、雀菴ハ幕府ノ軽キ給人ナルヘシ俳諧師也加藤昶雀菴ト号ス藤ノ長房ナト種々ノ名アリ、地震ノ記ナトハ実際ノコト多シ、大風ノ記モアリ、コロリモアリ、明治五年ノ記アリ、其年七十七才ナリ、初メ深川ニ居リ、其後三ノ輪、橋辺、等ニ移リ、明治ノ後ハ又三ノ輪ニ居テ、此ノ没シタルニヤ其後ノコト見ヘス/著述書目/綿蛮艸〈二百三十七〉 墨水集〈二〉/辰己婦言〈一〉 草推志〈二〉/言の莠〈二〉 馬のあとあし〈二〉〈劇場ノコトヲ記ス〉/雨の華〈一〉 珍聞志〈一〉/陰陽神石図附記〈一〉 俳諧片歌撰〈一〉/和歌艸〈小鳥の跡合〉〈一〉 高尾再々考〈一〉/二ツ奇見月〈一〉 深川考〈一〉〈写得タリ〉/舞馬蹄跡考〈一〉 楽浪日記〈二〉/海潮記〈一〉 王老推筆〈一〉同附記〈一〉/草カゴ〈二〉 龍足次第〈一〉/外ニ俳諧集七/参考録餘〈四十八集〉」。⑩:「下馬煮/下馬煮といふものはなし、おでん燗酒の異名なり、供に出たる中間小者が、帰り掛けの一杯を体裁つくりて下馬煮で引掛けるなどいへる也、中間小者を見当てにおでん屋は、御門々々の横手または橋詰に店を出し居たり、無論大下馬辺にては左様のものなし/歌川珖舟談」。「松平青牛/三浦若海の俳諧人物便覧に/青牛 蓼太門 参州西尾公子 松平小新次/とあり、按ずるに青牛は三河西尾の城主松平和泉守乗完と称す、寺社奉行を勤め高六万石を領す、幼名を源次郎と称し、明和六丑年十月廿八日和泉守と改む、上屋敷は大名小路、中屋敷は芝白金〈享保十二年正月十四日拝領八千坪〉下屋敷深川万年町なり、天保十年十二月二日卒六十三、法名道源院浄徳功忍と謚す〈上屋敷享保八年四月廿六日西丸下井上河内守の邸を拝領、延享二年十月九日居屋敷差上八丁堀居住〉」。 
資料所蔵機関の名称
西尾市岩瀬文庫
資料種別
01総記 
資料種別詳細
4随叢 
大分類
1和書
和分類1
> 01総記
和分類2
> 4随叢1雑筆