高岡市雲龍山勝興寺/文化財デジタルアーカイブ

文書
目録データ 古文書類
識別番号
0000-0030-0000-0000-0000-0000-0025 
資料所蔵機関の名称
勝興寺
史料群
> 文書
副史料群
> No.〇〇〇 県指定文化財
副分類名
> 二五
文書名
> 豊臣秀吉禁制  
文書名読み
とよとみひでよしきんぜい 
宛所
越中国古国府寺内宛 
作成年代始(和暦)
天正一三年七月 
数量
1点 
寸法(縦)
34.9cm 
寸法(横)
51.2cm 
テキストの言語
日本語 
テキストの言語コード
jpn 
解題・説明
天正12年(1584)の小牧・長久手合戦を経て、旧織田勢でまだ羽柴秀吉に臣従しなかったのは徳川家康と佐々成政(1539~88)だけであった。翌年8月、秀吉は越中に入り富山城の成政を降参させるが、先立つ7月時点で「古国府寺内」への諸軍勢乱入などを禁じている。当時在京した勝興寺第10代住職・顕幸(1555~1604)が秀吉方に与し、秀吉を先導して越中へ下向したことを背景として、安全保障文言になった。だが同時に、勝興寺・一向一揆衆に佐々方への参陣を禁じたとも言える。前年末に佐々方に取り込まれていた勝興寺下坊主衆は、秀吉禁制の受け入れにより秀吉・前田方に与した。(久保尚文) 
原本の所在・史料群
勝興寺 
資料番号
県-〇二五 
その他関連ページ
宝物作品解説 
出版物・関連資料
『勝興寺宝物展 重要文化財勝興寺本堂落慶記念』(勝興寺ほか 2005)  
資料種別
文書 
文化財情報
富山県指定文化財 
既刊目録名
『雲龍山勝興寺文書目録』(勝興寺文化財保存・活用事業団 2012)