高岡市雲龍山勝興寺/文化財デジタルアーカイブ

絵画
目録データ 静止画(写真・絵等)
識別番号
0000-0010-0010-0030-0000-0000-0035 
資料所蔵機関の名称
勝興寺
資料群1
> 絵画
資料群2
> Ⅰ宗教部
資料群3
> 勝興寺歴代住職及び夫人肖像画
タイトル
> 蓮如上人真像(開基)  
タイトル読み
れんにょしょうにんしんぞう 
撮影、作画年(和暦)
大永二年 
撮影、作画年(西暦)
1522 
数量
一幅 
形状
掛幅 
大きさ(縦)
98.0cm 
大きさ(横)
38.6cm 
形態に関する注記
絹本著色、掛幅装、黒漆印籠蓋桐箱 
解題・説明
本願寺第8世・蓮如(1415~99)の肖像である。画中に、「本願寺前住釈蓮如」の識語と、『教行信証』総序より4行「弘誓強縁多生/叵値真實浄信/億劫叵獲偶獲/行信遠喜宿縁」が書かれている。僧剛襟付きの黒衣に白い袈裟を着け、高麗縁の上畳に左を向いて座す。右手は檜扇、左手に念珠を持つ。画面の擦過・剥落が進んで像容が見えづらいが、面猊には比較的顔料がよく残り、蓮如の気骨溢れる人柄を偲ばせるような、生彩に富んだ表情が見て取れる。裏書にある願主の実悟(1492~1583)は、蓮如の第23子(第十男)。永正10年(1513)石川郡剱村清沢坊(願得寺)に入るが、翌年、実賢宗主擁立事件に連座し、本願寺内での立場が悪化した。享禄4年(1531)大小一揆(享禄の錯乱)により、寺基を焼失。本願寺第10世・証如(1516~54)の勘気を蒙り、諸国を流浪。天文19年(1550)許され、永禄年間(1558~69)に、石川郡剱村清沢の旧号を移して、河内(現・大阪府門真市御堂町)に光明山願得寺(現・大谷派別格寺院 古橋御堂)を創建した。本画像の裏書の紙や筆致は、大永2年(1522)のものとは思えないごく新しいものである。しかし、画像の様式そのものは、やや形式化しているものの、室町時代末期のものとみて差し支えないように思われる。なお、本画像の裏書に合致する内容の文書が、「下間頼秀奉書」(『雲龍山勝興寺古文書集』6)として勝興寺に蔵されている。内容は、年次不明2月朔日付、願得寺蔵蓮如御影の安置を認めるものである。ただし、『勝興寺古文書集』においても、『富山県史』通史編Ⅱ822頁においても、官途名・花押からして、偽文書と考えられると指摘されている。本画像の現・裏書は、この偽文書とともに偽作されたものと考えられる。典拠となった旧・裏書が存在し、加州石川郡時代の願得寺の常住物が、勝興寺に伝来し、その裏書をもとに偽文書が作られた可能性もあるが、現時点では不明と言わざるを得ない。(高田克宏)【参考文献】『浄土真宗と本願寺の名宝Ⅰ-受け継がれる美とこころ-』龍谷大学 龍谷ミュージアム,平成28年(2016) 
原本の所在
勝興寺 
資料番号
三〇九 
その他関連ページ
宝物作品解説 
出版物・関連資料
『勝興寺宝物展 重要文化財勝興寺本堂落慶記念』(勝興寺ほか 2005) 
資料種別
絵画 
既刊目録名
『雲龍山勝興寺絵画目録』(勝興寺文化財保存・活用事業団 2010)