高岡市雲龍山勝興寺/文化財デジタルアーカイブ

宝物
目録データ 古文書類
識別番号
0000-0000-0030-0000-0000-0000-0890 
資料所蔵機関の名称
勝興寺
史料群
> 文書
文書名
> 前田利勝禁制  
文書名読み
まえだとしかつきんぜい 
宛所
古国府勝興寺 
作成年代始(和暦)
天正一三年閏八月 
作成年代始(西暦)
1585 
数量
1点 
形状
板 
寸法(縦)
37.1cm 
寸法(横)
41.4cm 
テキストの言語
日本語 
テキストの言語コード
jpn 
解題・説明
前田利長が勝興寺に交付した禁制である。「利勝」は利長の幼名。天正10年(1582)、本能寺の変で織田信長が倒れると、利長は父・利家とともに羽柴秀吉に従った。一方、同じ信長配下にあった佐々成政(1539~88)は柴田勝家につき、同12年(1584)の小牧・長久手の戦いでは徳川家康・織田信雄方につく。越中では佐々と前田が対立する構図となるが、翌年8月、成政は秀吉に降伏した。成政の領地は秀吉によって新川一郡に削られ、砺波・射水・婦負の三郡は利長に与えられることとなり、利長は守山城に移る。その後、利長は治安維持を図るため、本史料によって勝興寺寺内での陣取り行為、武家奉公人の出入り、乱暴狼藉行為を禁止した。また門前市についても以前と同じように安堵するなど、戦時から平時への転換を図ろうとしていたことがうかがえる。(高田克宏)【参考文献】『高岡の名宝展』高岡市美術館,平成21年(2009)、特別展『秀吉 越中出陣-「佐々攻め」と富山城』富山市郷土博物館,平成22年(2010) 
原本の所在・史料群
勝興寺 
資料番号
県-〇二九 
その他関連ページ
「勝興寺宝物展 重要文化財勝興寺本堂落慶記念」 
出版物・関連資料
「勝興寺宝物展 重要文化財勝興寺本堂落慶記念」(勝興寺ほか 2005) 
資料種別
文書 
既刊目録名
「雲龍山勝興寺文書目録」(勝興寺文化財保存・活用事業団 2012)