宮代町立図書館 宮代町デジタル郷土資料

宮代町の文化財

目録データ

識別記号
0000-0000-0000-0000-0000-0000-0002 
所蔵機関(コレクション)
個人蔵(宮代町郷土資料館寄託)  
史料群(フォンド)
> 折原家文書  
文書(アイテム)
> 百間村絵図(宝暦3年頃)  
タイトル読み
モンマムラエズ(ホウレキ3ネンゴロ) 
差出・作成者
百間本村 
作成年代開始
宝暦3年頃 
作成年代開始(西暦)
1753 
数量
1枚 
形状
絵図 
寸法(縦)
約122cm 
寸法(横)
約140cm 
解説・説明
この絵図は、記載されている内容等から、寛延2年(1749年)から宝暦3年(1753年)に作成されたと推定される。百間村は、元禄8年(1695年)に百間村と百間東村、百間西村(後の百間中村)、百間中島村の4村に分村し、更に百間村は支配の関係から事実上、百間本村、百間西原組、百間金谷原組の3村に分村する。この絵図は、百間本村の名主宅で発見されたもので、内容も百間本村を中心としたもので、黄色が百間本村の田地、灰色が百間本村の畑地及び屋敷地、赤が道、水色が川・沼、他領との入会地は白で描かれている。池田備中守知行所が百間中村及び百間中島村を、永井十左衛門知行所が百間東村を、松波甚兵衛知行所が百間金谷原組を、森川下総守知行所が百間西原組を示している。百間本村の土地は、源太宿(山崎)や川島、切戸(いずれも百間)にある程度まとまっているが、中須(中島)や西原、姫宮、平島(逆井)、十殿(山崎)等にも飛び地が確認できる。村絵図は古い情報の上に新しい情報が記載されるため、年代の新しい村絵図の中にも古い情報が残されていることがあり、この絵図にも古い情報が散見でき、この時代、笠原沼では既に新田開発が行われ、絵図にも高階伝次郎御支配所笠原沼新田と記載されているが、そのベースとなる絵は笠原沼時代の沼地が水色で描かれており、沼口の古落堀の様子もわかる。この他、姫宮神社に御林があったことも分かるが、百間本村とあまり関係のなかった西光院付近や古利根川が2本に分流していた中洲島(川端付近)については、省略されている。宮代町指定文化財(折原家文書)。(参考引用:宮代町郷土資料館 平成22年10月『特別展 江戸時代の絵図 図録』) 
原本の所在・史料群
宮代町郷土資料館 
撮影画像
 
資料種別
絵図