みやこ町歴史民俗博物館/WEB博物館「みやこ町遺産」

みやこの「こと(歴史・あゆみ)」

第五編 近世

第三章 江戸時代

第七節 農村社会の変貌

一 農村の人手不足

文政六年(一八二三)藩は人為的な流産の禁止令を出した。野合(やごう)出産(正式に婚姻が調わない内に出産し、その後もなにがしかの理由で婚姻が調わないこと)、あるいは子供が多くて養育困難な者には、育児料として七歳まで米八斗の扶持米を支給することとした。これは人道的な面での施策ではあるが、人口政策としての側面も幾分かは含んでいたものと思われる。結局、安政四年(一八五七)にこの施策は中止されるのであるが、天保六年(一八三五)には六郡合わせて三三人、天保十一年(一八四〇)には四三人、天保十三年(一八四二)には四六人、弘化元年(一八四四)には四五人に扶持米が渡された(『豊前市史』上巻七五六ページ)。