みやこ町歴史民俗博物館/WEB博物館「みやこ遺産」

みやこの「ひと(先人の事績)」

寺田寅彦書簡

大正10年(1921)

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[表]
    消印(月日不明)午前11時-12時
赤坂区青山南町六ノ一〇八
 小宮豊隆様
     本郷曙町
     十三
       寺田寅彦


[裏]
 御端書拝見、」 あのあとで又「鞍馬天狗」をやるんでは少〻 zu vielであつた事と御察し申上げます。」 伝四君の歌を残らず読んで見た。あんまり悲惨過ぎて批評の圏外に出てしまつて居る。あれは歌ではなくていきゞもではありませんか」 unmittelbarなものを要求する心持は甚だ同感でありますが退て考ふるに芸術といふ圏内にはどうしてもkünstlichなElementeが必要なやうな気がする。生味の本物と芸術との間に透明にしてしかも超ゆべからざる障壁のある事を感じますが、如何でしやう」 今朝眼が覚めかけてうと/\して居る時にベートオフエンの戸をたゝく音が耳の中で聞こえて居た。そういへば昨日の朝も同様であつたやうに思ふ。なんだかしらんが耳について居るものと見えます。」 (名手羹を調せば鹹淡宜に合ひ老嫩式の如し 原より補救を需むるなし。已を得ずして中人の為に法を説けば則ち調味は寧ろ淡なるべし、鹹なる毋(なか)れ、淡なれば塩を加へて此を救ふべし、鹹なれば此をして再び淡ならしむる能はず、魚を烹れば寧ろ嫩なるべし 老なる毋れ……)支那の料理法の一節だがなんとなくしかつめらしい処が読んで居て面白い、翻訳すると何でもない事が、なんだか孔孟の教のやうに聞こえる」     一月十三日