みやこ町歴史民俗博物館/WEB博物館「みやこ遺産」

みやこの「ひと(先人の事績)」

寺田寅彦書簡

大正9年(1920)

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[表]
消印(年月不明)19日午後2時-3時
赤坂区青山南町
六ノ一〇八
 小宮豊隆様
     本郷曙町十三
      寺田寅彦


[裏]
十年振で伯林(ベルリン)の新聞を見て居ると色〻の事を思出します。地理の教室で助手をして居たDr. Behrmannといふ若い男があつてよくエキスクルジヨンなどで一処に歩いた男がハノーファーの農業地理の講坐へ招聘されたが断つたなどゝいふ事が出て居る。」 それからオーバーシユレジーンのポーレンが反独運動をやつて居る其巨魁にKorfantyといふ人が居るらしいが、私がしばらく飯を食つて居たパンジオンの主人の姪にCläre Korfantyといふ当時まだBackfischの娘が居た、其郷里も矢張オーバーシユレジーンだから事によると同じファミリーかも知れない。此のクレーレは其後結婚して夫婦の写真をよこしたりして居たが戦争以来消息がない、亭主は無論戦争に出たに相違ないがどうなつたか知りたいと思つて居た。ターゲブラッ卜で同姓名を見ていろんな事を思出した」 昨日巡査が来て御主人は「露国語」が出来るかと聞いた 僕は風呂に入つて居たが「少しは知つてる」と答へさしたら「露国語ですよ」と何度も念をおして居たさうです。そして「やつぱり調べて見なくちや分らないものだな」と独語しながら手帖へ何かかいて行つたさうです。一体此れは何の意味でしやう。
 来られたら是非来てくれ玉へ