みやこ町歴史民俗博物館/WEB博物館「みやこ遺産」

みやこの「ひと(先人の事績)」

寺田寅彦書簡

大正9年(1920)

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[表一][表二][裏一][裏二]
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[表 一・二]
消印午後2時-3時
赤坂区青山南町
六ノ一〇八
 小宮豊隆様
   本郷曙町十三
     寺田寅彦


[裏 一]
あの後タイムスのNov.21を色〻捜して見たがどうしても見付からない、処が意外にも此の号が何かの理由で途中で戸まどいをして居たと見へ帯封が破れたのを局で縛りなほして四五日前に配達され始めて手に入つた、して見るといくら搜してもなかつた筈だがそうするとアインスタインの手紙のあるのは21以後のだらうと思つて28からDec全部それから今年のJan2迄残らず調べたが此の手紙がどういふものか見付からない。それから日記をしらべて見ると一月廿五日の記事に「タイムスにあるアインスタインの手紙の皮肉が面白い」とかいてある、大概一ヶ月半か二ヶ月目に届くのだからドーモNov.の末かDecの始めだらうと思つて何辺も繰りかへして見るがどうも見付からない。それから遅着のNov.21を見ると近日アインスタインの手紙を訳載する云〻の記事がある、それで見るとタイムスに載つて居た事は恐らく覚へちがいではないと思ふ、それで又繰返して一枚一枚搜すがやつぱり見付からない、何だか不思議な妙な心細いやうな心持になつて来た。それに就て思出す事がある
(ツヾク)


[裏 二]
(ツヾキ)先年那威(ノルウェー)の物理学者で上野の精養軒で自殺した人がありましやう、あの人が死ぬツイ二三日前学校へ来た時に或る文献を調べるといふので図書室へ案内した。それはPhilosoph-ical Magazineに出て居る筈の或る論文を搜すのであつた、彼れは其の論文の出て居る雑誌の年号をたしかに記臆して居るらしかつた、そして無雑作に口笛を吹きながら搜して居たがどうも見付からない、それから其近辺のナムバーを頻りにヒツクラ返して居たがヤツパリ見付からなかった、其時の彼の顏に浮んだ妙な表情を今度思ひ出しました。」 しかしまさか僕は二三日中に自殺する事もありますまい」兎に角あんまり不思儀だから九州大学に居る友人でたしかに同じ記事をよんだらしい人があるので其方へ問合せの手紙を出しておきました。」此の不思儀が解けないではどうも落ち着かれません。
三月六日