田川市立図書館/筑豊・田川デジタルアーカイブ

解説

3 三井田川鉱業所

3-3 田川の文化

 山本作兵衛(1892-1984)は、父・山本福太郎、母・シナの二男として福岡県嘉麻郡(かまぐん)笠松村(かさまつむら)鶴三緒(つるみお)(現飯塚(いいづか)市)に生まれました。筑豊炭田の出炭量が1,000,000tを突破した記念すべき年です。7歳の頃から兄とともに炭坑の仕事を手伝い、家計を助けながら小学校を卒業しました。日清・日露両戦争を経て、石炭の重要性が高まっていくなか、明治39(1906)年、嘉穂(かほ)郡山内(さんない)坑に坑内夫として入坑以来し、昭和30(1955)年、長尾鉱業所位登(いとう)炭坑(現田川市)の閉山によって炭坑の仕事を引退するまでの約50年間を炭坑労働者として生活しました。
 平成23(2011)年5月、自らの体験をもとに明治・大正から昭和初期にかけての筑豊炭田の姿を、驚くべき正確さと緻密さで克明に描いた炭坑記録画(墨画306点・水彩画279点)及び日記等記録文書697点が、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産(世界の記憶)に国内初で登録されました。炭坑記録画「舟頭と陸蒸気」は、明治期の石炭輸送が水運から鉄道へ変わっていく時期の炭坑や炭鉱事故の様子を想像することができる興味深いものです。
 

山本作兵衛
撮影:橋本正勝氏

表紙「昔のヤマ人」山本作兵衛

「舟頭と陸蒸気」 山本作兵衛
©Yamamoto Family 田川市石炭・歴史博物館所蔵

 
参考文献
山本作兵衛(2013)『筑豊炭坑絵物語』岩波書店