田川市立図書館/筑豊・田川デジタルアーカイブ

解説

3 三井田川鉱業所

3-2 炭鉱開発

 番田溜池とも云われる番田池は番田付近(西大通、南大通、本町、日の出町、寿町等)の農業用水に使われてきた池です。明治33(1900)年に三井田川鉱業所が田川に進出し、明治43(1910)年に第三坑が伊田に開かれ、大正2(1913)年番田池近くに11発電所が建築され、翌年には瓦斯発電所が運転開始されました。番田池は次第に排水により「コ-ルタ-ル池(コールタン池)」と呼ばれるようになっていきました。蒸気動力が、電気動力に置き換わっていくのは、三井田川では明治38(1905)年に通気用扇風機に電力が導入されてからです。大正時代にかけて電力化が積極的に進められていきました。
 三井田川病院は昭和11(1936)年に竣工されました。左側の写真には三井田川病院がないのでそれ以前と分かります。金仏さんなど、慰霊のために施設が整備されていきました。右側の写真には完成直後の三井田川病院と第三坑の山の神がみえます。
当時、伊田町の町長林田春次郎は、番田の農業用水を供給していた番田溜池が、伊田坑の炭坑開発による都市化のため不要になりました。そのため、三井田川と交渉し番田池の埋め立てによる町有地の拡大や白鳥神社から栄町までの道路新設などの交渉をおこないました。交渉はうまくいきませんでしたが、最終的には伊田町への無料給水や栄町県道沿いの三井社有地譲渡が決められていきました。このような変遷を経て現在では番田池は、姿を消していきました。
 
 
↑クリックすると下の画像に矢印が表示されます

三井田川鉱業所の絵はがき
提供:個人蔵
道路新設工事(昭和10年以前)

三井田川鉱業所の絵はがき
提供:個人蔵
三井田川病院(昭和11年以降)

 
参考文献
田川市誌編纂委員会(1954)『田川市誌』田川市.
田川市史編纂委員会(1979)『田川市史 中巻』田川市.
広瀬呈蔵(1957)『林田春次郎翁を語る』林田春次郎翁顕彰会.
 
地図
鑛山借区圖』明治18(1885)年 工部省鉱山課.
小倉3号「後藤寺」』明治33(1900)年測量 明治36(1903)年発行 大日本帝国陸地測量部.
『伊田町全圖』大正13(1924)年 伊田町役場.