田川市立図書館/筑豊・田川デジタルアーカイブ

解説

2 鉱山借区図と伊能忠敬

2-1 伊能忠敬

 伊能忠敬は測量現場での記録を毎日残しました。後に清書された清書本が残されています。現場で書かれた方は『忠敬先生日記』として51冊残っています。清書本は『測量日記』の名称で28冊に整理されています。千葉県香取市の伊能忠敬記念館に伝存されていて、平成22(2010)年6月29日にいずれも国宝に指定されました。準公式報告書として後世に伝えようとした記録と考えられます。
 『測量日記』の記述は、天候、作業内容、宿泊地、訪問した名所旧跡、送迎、案内など接遇にあたった諸藩の役人、町村宿場役人の名前などの事実を淡々と記しています。聞き取りによるものなので「古宮」を「小宮」と表記するなどの間違いもあるようです。後年には著名な社寺の記述が増えており、沿道をくまなく記録していますが、感想、意見、批判などは殆ど現れません。旅先で測量終了後に、整理しながら一日の経過を綴ったのでしょう。国宝・伊能忠敬関係史料の筆頭にあげられるべき史料で、江戸後期の村々の様子をたどることができます。
 文化9(1812)年の測量では英彦山(ひこさん)から添田(そえだ)、大任(おおとう)を経て、香春(かわら)までの測量経路と月食観測などが記録されています。文化10(1813)年10月10日の測量では大隈(おおくま)から猪膝(いのひざ)、後藤寺(ごとうじ)伊田を経て、香春までの測量経路と昼休み、小休止の場所などが記録されています。参照:測量経路(香春) 参照:測量経路(伊田)
 

伊能忠敬記念館
撮影:中野直毅

 
参考文献
原田種純、今永正樹(1976)『伊能忠敬 測量日記』九州ふるさと文献刊行会.
渡辺一郎(2011)『国宝 伊能忠敬測量日記(DVD)』伊能忠敬と伊能図の大事典をつくる会.
渡辺一郎(2013)『伊能図大全』河出書房新社.
伊能忠敬研究会、日本国際地図学会(2002)『伊能圖』武揚堂.
 
地図
鑛山借区圖』明治18(1885)年 工部省鉱山課.  各地点を見る→後藤寺 伊田 香春